日記

先天性四肢切断で嘆く両親、ちょっと待って

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先天性四肢切断の子供を産んでショックを受けるお母さん、お父さんがいるがちょっと待ってほしい。

障害をもつ子供は幸せになれないのだろうか?

 

 

 

乙武洋匡さんのようにダルマみたいな体で結婚して、子供もいて

ブログやTwitterを炎上させるくらい元気にやっている人だっている

 

 

先天的な障害よりも後天的な障害の方がきつい

 

僕自身、先天性の障害をもつ人にたいして不幸だと思ったことはないので実感がない

逆に事故で障害を負った人はかわいそうに思う。

 

 

 

先天的な障害、後天的な障害、一見どちらも違いはないように思うが。

先天的な障害というのは元々ないものがあるため他の五感が発達していたりする。

その鋭い感覚を武器に芸術の世界で成功した人もいる。

 

 

 

 

先天性四肢切断の人に手がなくてかわいそうですねと言ったって

本人は手がなくても上手くやれているなら、「余計なお世話だ」としか思わないだろう。

 

 

 

腕が4本ある宇宙人に「腕が2本しかないとかかわいそう」といわれているのと同じ気がします。

 

 

 

それよりも後天的な身体障害の方がきつい。

腕がなくなったら不便だし、目が見えないなんて考えられない。

どうしたってあった頃の記憶があるから

 

 

 

新しい感覚をつかむのがおくれる。

それに腕をなくせば幻肢痛なんかもあるらしい。

 

 

 

それに比べれば元々ないというのはある意味「楽だ」

何せ痛みはないのだから。

 

 

 



 

全ての障害を個性として捉える。

障害者だからしょうがないという話がありますが

それは違います。

 

障害者を欠落したものとして考えるのではなくて個性として捉える事が必要。

障害者だから悪い事をしても裁かれないという事じゃない。

 

 

腕がなかろうが足がなかろうがそれは個性として捉える。

バリアフリーというのは障害者に優しい建築物ではなく、みんなに優しい建築物という事

 

 

腕がない、指がない、言葉が喋れない、知能が低い

これは全て個性として扱う。

 

 

できない事は当然あるだろうけど、それは健常者だって同じ

できる事とできない事は万人に存在します。

 

 

障害を持つから不幸なのではない

 

障害もつ子供を産んだとしても悲観するのは間違っている。

もちろん、大変なことは多いと思うし理解されない苦労もあるだろう。

でもさ、絶対にかわいそうなんてことはない。

 

 

むしろ親に悲観される方が子供にとっては可哀想だ。

それだけで子供は卑屈になってしまう。

 

 

だからもっと堂々としていればいいと思うよ。

ではでは(^ω^)ノシ

 

 




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