武道全般

日本の剣術、その起源とは?

日本の剣術は日本刀をベースにしたものです。

剣自体は昔から存在してきましたが日本独自の製法で作られた日本刀が登場した事で独自の技術体系が生まれたようです。

 

 

剣術の起源は2つあるといわれており

 

  • 関東七流
  • 京八流

 

この2つから『剣術三大流源』が生まれ数多くの流派が誕生したと言われています。

今回はざっくりと剣術が剣道になった話をしていきます。

 

 

 

関東七流(鹿島七流)

古墳時代から存在しており西暦でいうとだいたい440年頃に古代の神々を信奉する神官が編み出したとされる

常陸国鹿島(現在の茨城県鹿島市)で生まれた剣術

 

7人の神官、それぞれの家に継承されたと言われています。

 

  1. 良移流
  2. 鹿島流
  3. 香取流
  4. 本心流
  5. 卜伝流
  6. 神刀流
  7. 日本流―以上七流(「本朝古今剣術名数」)

 

鹿島神宮の神官である国摩真人(くになずのまひと)という人物が「祓太刀」という太古からある剣術を習得し

それぞれの神官に伝えたのが始まり

とは言え現在の日本ではなく両刃の直刀を使った剣術ではないかと推察されている。

 

 

 

京八流

鹿島流から時が経ち平安時代後期(1160年頃)約七百年後に京八流は生まれた

京八流は鬼一法眼という人物が僧侶に伝えたもの

 

使い手として有名なのは源義経である。

現在では京八流の詳細は不明だがその末裔として『吉岡流』という流派が残っている

 

 

宗教と密接な関係?

ここで面白いのが関東は神官が剣術の流派を作り関西では僧侶に剣術が伝わっている。

宗教と剣術に何らかのつながりがあるのかもしれません

 

 

本格的な剣術は室町時代から

本格的に現代でも残っている剣術、その起源になる剣術が生まれたのが室町時代

 

 

  • 『念流』
  • 『天真天正香取神道流』
  • 『陰流』

 

この3流派が『剣術三大流源』と呼ばれています。

 

念阿弥慈恩(念流の開祖)の高弟・中条長秀が創始した『中条流』を加えて日本四大流源と呼ばれる事もあるそうです。

 

 

その中でも念流が一番最初に創始されたと言われています。

創始者の念阿弥慈恩が仇討ち(復讐)の旅をして日本全国をめぐり編み出した流派

基本の理念は【護身の剣】と言われている。

 

誕生した順番は念流 天真天正香取神道流 陰流です。

 

 

これらの流派から様々な流派が誕生していく

 

 

戦国時代の発展

3. 戦国時代(1467年~1603年)

  • 戦国時代は剣術の大きな発展期となりました。戦国大名たちは、戦場での戦闘力を高めるためにさまざまな剣術流派を育成しました。
  • この時期、多くの剣豪たちが登場し、剣術の技法や理論が高度化しました。

 

 

4. 有名な剣術流派の成立

  • 戦国時代から江戸時代にかけて、多くの剣術流派が成立しました。代表的なものには以下のような流派があります:
    • 柳生新陰流(やぎゅうしんかげりゅう):柳生宗厳(やぎゅうむねのり)が創始し、徳川将軍家の剣術指南役となった。
    • 二天一流(にてんいちりゅう):宮本武蔵(みやもとむさし)が創始した、二刀を使う独特の流派。
    • 新陰流(しんかげりゅう):上泉信綱(かみいずみのぶつな)が創始し、多くの門弟を育てた。

 

江戸時代の確立と発展

5. 江戸時代(1603年~1868年)

  • 江戸時代は比較的平和な時代であり、剣術は戦場での実戦技術から、武士の教養としての側面が強調されるようになりました。
  • この時期、多くの剣術道場が開かれ、剣術は体系化されました。

 

ただし平和な時代のため剣術も衰退し始めた時代でもありました。

幕末になると武士だけでなく庶民も剣術を学ぶようになります。

 

6. 剣術の普及

  • 江戸時代中期には、各地に多くの道場が開設され、剣術は武士だけでなく、町人や農民にも広がりました。
  • また、竹刀と防具を使った稽古法が普及し、安全に技術を磨くことができるようになりました。

 

撃剣興行

幕末から明治時代初期にかけて竹刀での試合を見世物として扱った興行が行われました。

直心影流の榊原健吉は「撃剣興行」が剣術が廃れないようにと始めたものです。

 

 

近代への移行

7. 明治維新と剣術の変革

明治維新(1868年)により武士階級が廃止されると、剣術も一時衰退しました。

撃剣興行や警察の中で剣術が継承される形になった。幕末の頃にあった道場はドンドン潰れていった時代

その流れに待ったをかけたのは西南戦争でした。

 

西南戦争で薩摩人の示現流や薬丸自顕流の強さに対抗すべく腕の立つ士族を抜刀隊として送り込む事になりました。

これをきっかけに剣術の有用性が再確認され武術が盛んになった。

 

 

剣術は形を変え、明治政府の下で近代教育の一環として取り入れられました。

剣術は「剣道」として新たに発展しました。

 

 

8. 剣道の確立

戦後、GHQから武術の禁止令が出そうになるが日本人の激しい抵抗によってそれは免れた。

そこからスポーツとしての剣道が日本剣道連盟によって作られていく

  • 剣術の技法と精神を受け継ぎつつ、スポーツ競技としての側面も持つ剣道が普及しました。剣道は学校教育や警察の訓練として広く取り入れられ、現代に至るまで多くの人々に親しまれています。

 

 

 

 

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