「ひょんなことから、こうなりまして」。
そう言われて、誰もが意味を理解できる。だが、その「ひょん」とは何なのか、ふと聞かれると答えに詰まる人がほとんどではないだろうか。
実はこの「ひょん」、辞書ですら「語源未詳」として片付けられていることが多い言葉だ。
有力とされる説はいくつかあるものの、決定打に欠け、いまだに一つに絞り込めていない。
日常的に使う言葉でありながら、その正体は曖昧なまま現代まで残ってきたことになる。
今回は、その複数の説を比較しながら「なぜ結論が出ないのか」自体を追いかけてみたい。
ひょんは色々な説があるけど
- ひょんの実説
- 凶(ひょん)説
- ヤドリギ説
- いろんな言葉が混ざった説
などなどがある
ひょんなこと、言葉の意味
「ひょんなこと」とは、思いがけないこと・偶然のできごとという意味です。
予想もしていなかった出来事や、ちょっとした偶然のきっかけを指すときに使います。
良いことにも悪いことにも使えますが、どちらかというと「些細なきっかけ」「思わぬ巡り合わせ」というニュアンスが強いです。
使い方の例:
- 「ひょんなことから、昔の友人と再会した」(偶然のきっかけで再会した)
- 「ひょんなことで、彼の秘密を知ってしまった」(思いがけない形で知ってしまった)
- 「ひょんなことから始まった趣味が、今では仕事になっている」
似た表現には「思いがけず」「偶然に」「たまたま」などがありますが、「ひょんなこと」は特に「取るに足らない、些細なきっかけ」という響きを持つのが特徴です。
ここまではいい、でも【ひょん】ってなに?
擬音?オノマトペ?
「ひょん」は、実は単独では使われない言葉
まず整理しておきたいのは、「ひょん」という言葉の立ち位置だ。
多くの人は、「ひょん」という単語がそれ単独で何らかの意味を持っていると思い込んでいる。
だが実際には、現代の日本語で「ひょん」が単体で使われる場面はほぼない。「ひょんな」「ひょんなことから」という形でしか登場しないのだ。
しかもこの言葉、決して新しいものではない。室町時代に編まれた『日葡辞書』にはすでに「ヒョンナ」という語が記録されており、その起源は数百年単位で遡ることになる。
あまりに古いために、成立の過程を裏付ける文献がほとんど残っていない。これが、語源が特定できない最大の理由とされている。
有力説その1:イスノキの実「ひょんの実」
数ある説のなかで、比較的よく語られるのがこの説だ。
イスノキという木には「ヒョンノキ」という別名がある。この木にできる実、通称「ひょんの実」が語源になったという説である。
ただしこの実、いわゆる木の実そのものではない。
イスノフシアブラムシという昆虫が枝に卵を産み付けることでできる「虫こぶ」、つまり虫が作った瘤のようなものだ。
卵形で表面に細かい毛が密生しており、乾燥すると中が空洞になる。その穴に息を吹き込むと、笛のような音が鳴ることでも知られている。
風が吹いて空洞に流れ込み【ひょ~】と音がなったから
この見た目や奇妙な鳴り方が、「意外」「奇妙」という「ひょんな」の意味につながった、というのがこの説の骨子だ。
ただし、ここには見落とされがちな弱点がある。
「ひょんの実」という木の実の名前の由来については説明できても、
なぜそこから「思いがけない」「奇妙な」という抽象的な意味に転じたのか、その橋渡しの部分は実ははっきりと述べられていない。
名前の由来と、意味の由来は、似ているようで別の問題なのだ。

有力説その2:新井白石が伝えた「凶」の唐音説
もう一つの有力説は、まったく異なる角度から語られている。
江戸時代の学者・新井白石は、著書『同文通考』のなかで、「ひょん」は「凶」という漢字の中国語読み(唐宋音)に由来すると述べたとされる。
「凶」は不吉・不運を意味する漢字であり、そこから「良くないこと」「思いがけない出来事」を指す言葉として広まった、という流れだ。
不吉な漢字が、やがて単なる「意外性」を表す言葉へと意味を広げていった、という点はやや飲み込みにくいかもしれない。
だが、言葉の意味が時代とともに強弱を弱めながら変化していくことは、日本語では珍しくない。
もともと強い否定的なニュアンスを持っていた言葉が、使われるうちに角が取れ、「良くも悪くも予想外」という中立的な意味に落ち着いた、と考える研究者もいる。
唐宋音は結構あるけどひょんはメジャーな読み方じゃないから定着しなかったのか?

なぜ結論が出ないのか-他にも並び立つ説
ここまで紹介した二説だけでも十分に興味深いが、実はまだ他にも説が存在する。
たとえば、東北地方で「ヤドリギ」を指す方言「ヒョウ」が転じたとする説。
あるいは、「ひょっと」という擬態語と「変な」という言葉が混ざり合ってできたとする説だ。
江戸時代の文献『かたこと』にも独自の語源説が記されており、当時からすでに諸説が並び立っていたことがうかがえる。

つまり、複数の学者や文献がそれぞれ異なる根拠をもって語源を主張してきたものの、どれも決定的な証拠には至らなかった、というのが正確なところだろう。
国語辞典の多くが「諸説あり」「未詳」といった書き方にとどめているのも、この状況を反映していると考えられる。
一つの正解を求めたくなる気持ちはよくわかる。だが、語源がひとつに定まらないまま数百年使われ続けてきたこと自体が、この言葉の面白さなのかもしれない。
「ひょんなことから」と口にするとき、その言葉の奥には、決着のつかない語源論争がひっそりと眠っている。
あなたはどの説が好きですか?よかったらコメントで教えてくださいね
ではでは(^ω^)ノシ
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