歴史の雑学

日本は奈良時代から始まった!? 遺言書の起源をわかりやすく解説

「遺言書って、いつからあるんだろう?」
ふとそう思ったことはありませんか。なんとなく、最近の法律で決まった制度のようなイメージがあるかもしれません。

 

 

実は、遺言書の歴史はかなり古く、世界では古代ローマ、日本では奈良時代の養老律令までさかのぼるとされています。
世界レベルで見れば約2500年、日本でも約1300年ぶんの歴史を背負っている仕組みだということになります。

 

 

この記事では、

  • 「遺言書はいつからあるのか?」という疑問に、まず答え

  • 奈良時代から現代までの日本の流れ

  • 古代ローマとの共通点

を、できるだけ噛み砕いて一つの物語として辿っていきます。
自分が遺言書を書くかどうかを考えるとき、「昔の人はどうしていたのか」を知っておくと、少し見え方が変わってくるはずです。

 

 

日本の遺言書の起源 ─ 奈良時代の養老律令と「存日処分」

養老律令とはどんな法律だったのか

まず、日本側の起源から見ていきます。
奈良時代の中頃、西暦757年に「養老律令(ようろうりつりょう)」という法典が整えられました。

 

 

これは当時の日本を動かす基本ルールで、ざっくり言うと次のように分かれます。

  • 「律」…刑罰の決まり

  • 「令」…政治・税・相続など、生活に関わるルール

相続のルールも、この養老律令の中に含まれていました。
その中に、「遺言制度の原型」とされる一文が出てきます。

 

 

存日処分が「遺言制度の原型」とされる理由

養老律令には、「亡人の存日処分、証拠灼然たるものは、この令を用いず」という趣旨の条文がありました。
難しい漢文をかみ砕くと、おおよそ次のような意味になります。

 

 

人が、生きているうちに自分の死後の財産の分け方を決めていて、その証拠がはっきりしているなら、通常の相続ルールよりも、その事前の決めごとを優先します。

ここで出てくる「存日処分(ぞんじつしょぶん)」こそが、現代の遺言制度の原型だと考えられています。
言い換えれば、「本人が生前に決めた財産の行き先が、法律で決めた標準的な分け方よりも優先される」という仕組みです。

 

 

現代の民法でも、

  • 法定相続分(標準的な分け方)

  • 遺言書による指定

の二つがあり、遺言書があればそちらが優先されます。
奈良時代の養老律令は、すでにこの発想を条文として持っていた、と考えられているわけです。

 

 

ただし当時は、読み書きができる人が限られていました。
書面による制度が庶民の隅々まで広がっていたとは言えませんが、

「本人の意思で財産の行き先を決める」という考え方が、奈良時代の法典の中に組み込まれていたこと自体が大きな意味を持ちます。

 

 

奈良時代以前の「遺言っぽい行為」についての考え方

ここで湧いてくる疑問が、「奈良時代が本当に“最初”なのか?」という点です。
口頭で「死んだらあれは誰に渡してくれ」と頼むような慣行は、おそらくもっと古い時代から存在していたはずです。

ただし、そうした行為は記録が残りにくく、「いつから制度として認められていたか」を特定することは難しいのが実情です。

 

そのため、現在は次のように整理されることが多いです。

  • 奈良時代の養老律令は、条文として確認できる「最初期の遺言制度」である

  • もっと前から遺言的な慣行はあった可能性はあるが、「制度としての起点」は奈良時代とみなされることが多い

このくらいの距離感で見ておくと、「遺言書の起源は奈良時代」と言われる理由に納得しやすくなります。

 

 

中世〜江戸時代の遺言書 ─ 武士より百姓が主役だった時代

遺言書の主役と言うと、「武士や大名」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
ところが歴史を追っていくと、意外なことに庶民である百姓のほうが、遺言書の主役だった時期が見えてきます。

 

 

平安・鎌倉時代の「処分状」と生前の財産分け

奈良時代のあと、平安・鎌倉と時代が進むにつれ、「死後に分ける」よりも「生前に分けてしまう」スタイルが広がっていきました。
その代表が、「処分状」と呼ばれる書面です。

処分状には、例えばこんなことが書かれました。

 

 

  • 生きているうちに、田畑や家を誰に渡すか決めておく

  • 後継者や後見人を指名しておく

 

この時代になると、遺言書は「死後の分け方を決める文書」というより、生前の財産処分や後継者指定を記録する文書として使われることが増えていきます。

 

 

戦国・江戸時代の百姓の遺言書と家訓の役割

戦国〜江戸時代になると、武士の世界では土地や俸禄(主君からの給料)を自由に処分できない立場でした。
そのため、武士が遺言で財産を動かす余地は小さく、むしろ「家訓・戒め・教え」を書き残す役割が強かったと考えられています。

 

 

一方で、庶民の世界では興味深い運用が見られます。

  • 百姓が自筆で遺言書を書き、押印する

  • 村の五人組などがそこに連署(加判)する

  • その遺言書を町内で預かり、保管しておく

つまり、「自筆で書き、第三者に預かってもらう」という、現代の自筆証書遺言+保管制度に近い運用が、江戸時代の村社会の中にすでにあったとされます。

 

 

しかも内容は、財産の分け方だけでなく、

  • 家族にこうあってほしい

  • こういう生き方をしてほしい

といった家訓的なメッセージが中心だった遺言書も多く残っています。
ここにも、「遺言はお金持ちだけのものではない」という、現代のイメージと少しずれた姿が見えてきます。

 

 

明治の家督相続と戦後の民法改正 ─ 一度しぼみ、再び注目された遺言書

歴史の流れの中で、遺言書が一度「必要性の低い時代」を迎えます。
その大きなきっかけが、明治時代に導入された「家督相続」という仕組みです。

 

 

家督相続で「遺言がいらない時代」が生まれた理由

旧民法のもとで作られた家督相続は、ざっくり言うと次のようなルールでした。

  • 亡くなった人の家を継ぐのは、原則として長男

  • 長男が戸主の地位も、家の財産もまとめて引き継ぐ

現代のように「子ども全員に法定割合で分ける」という発想ではなく、家を一本の線として長男が受け継ぐイメージに近いです。

 

 

この仕組みが強く働くと、相続の結果はほぼ自動的に決まります。
そうなると、「遺言書で細かく分け方を指定しなくても済んでしまう」ため、相続の場面で遺言書が使われる機会は、以前よりも少なくなっていったと考えられます。

 

 

「遺言書はいつからある?」という話の中で、一度“いらない時代”が来たというのは、直感と少しズレる部分かもしれません。
ですが、「長男が全部継ぐ」というルールが強すぎると、遺言に込める余地が小さくなる、というのは確かに筋の通った話です。

 

 

戦後の相続ルールと、現代の遺言書の役割

戦後、新しい民法が整うと、流れは大きく変わります。

  • 家督相続制度は廃止される

  • 故人の配偶者や子どもなど一定の家族に相続権が認められる

  • それぞれの取り分(法定相続分)が法律で決められる

これで、「長男が全部継ぐ」という一方向のルールから、「家族で分ける」ルールへと変わりました。

 

ただし、法定相続分はあくまで「標準的な分け方」でしかありません。

「この子には事業を継いでほしい」「配偶者に多めに渡したい」「特定の孫に何かを残したい」といった細かい希望までは、自動的に反映されません。
そこで改めて、「本人の意思で分け方を決められる遺言書」にスポットライトが当たり始めます。

 

 

現代の遺言書は、少なくとも二つの側面を持っています。

  • 財産をどう分けるかを決める「財産的な側面」

  • 家族への感謝や家訓などを伝える「心情的・メッセージ的な側面」

 

 

法律上の効力があるのは前者ですが、後者の「付言事項」の部分も、遺言書の大切な要素として扱われています。

 

 

歴史を振り返ると、江戸時代の百姓が家訓として遺言書を残していたように、

「未来の家族へのメッセージ」を伝える役割は、昔から変わっていないことに気づきます。

 

 

相続トラブルのニュースが増えた現代では、「財産の分け方」と「想いの伝え方」の両方を前もって整理しておくことが、

家族の関係を守るためにも重要だと考えられるようになってきました。

 

ここに、奈良時代から続く遺言の歴史が、今の私たちの生活につながっている理由があります。

 

 

世界の視点 ─ 古代ローマの遺言書と日本の共通点

日本の話に集中してきましたが、「世界ではどうだったのか?」も気になるところです。
実は、古代ローマの遺言制度と、日本の遺言制度には、いくつか共通点があります。

 

 

十二表法と「遺言で相続人を選ぶ」仕組み

古代ローマで初めて成文法としてまとめられたのが、「十二表法」と呼ばれる法律集です。
紀元前5世紀ごろに作られたこの法律には、すでに遺言に関わるルールが盛り込まれていたとされています。

相続に関する条文には、例えば次のような内容がありました。

  • 遺言なく亡くなった場合は、父方の親族のうち血縁が最も近い者が相続する

  • それもいないときは、同じ氏族の仲間が相続する

 

 

ここから分かるのは、「まず遺言があるかどうかが重要で、なければはじめて法定の相続ルールが動く」

という順番が、すでにこの時代から意識されていたらしいということです。

 

 

紀元前200年ごろには、遺言はローマ市民にとってごく普通の慣行になっていたとされます。
「法律に書かれたから制度が生まれた」というより、「もともと使われていた慣行を十二表法が明文化した」と考えると、イメージしやすくなります。

 

 

口頭の民会遺言から書面の自筆遺言へ

「遺言書」というと、紙や羊皮紙を思い浮かべるかもしれませんが、古代ローマの最初期の遺言は文字ではなく口頭で行われていたとされます。

基本的な流れは次のようなイメージです。

  • 大神官が民会(市民の集会)を招集する

  • その場で、遺言者本人が神官の前で自分の遺言を口述する

  • 口述された内容が審議され、認められれば「民会遺言」として成立する

 

 

文字に書く前に、「公の場で話す」ことが遺言の第一歩だったわけです。
現代から見ると少し儀式めいたイメージがありますが、「神様と市民の前で宣言することで、遺言の重みを保証していた」とも考えられます。

 

 

 

時代が下ると、遺言は次第に書面へと姿を変えていきます。

 

ユスティニアヌス帝のころには、次のようなスタイルが一般的になっていたとされます。

  • 遺言者本人が、自分で遺言書を自筆で作成する

  • その遺言書を、保管してもらうための請願とともに皇帝に提出する

  • あるいは、裁判所に登録することで、遺言書として成立させる

 

 

現代風に言えば、「自分で書いた遺言書を、公的な場所に出して記録してもらう」仕組みです。
この流れは、今の公正証書遺言や自筆証書遺言の保管制度にも通じるところがあります。

 

 

「相続権」ではなく「遺言の権利」が重視された社会

古代ローマの遺言の特徴として面白いのは、「相続権」よりも「遺言の権利」が重視されていたことです。

当時のローマ法では、次のような考え方がありました。

 

  • 遺言の冒頭で「誰を相続人にするか」をきちんと書かなければ、その遺言は無効

  • 遺言が存在すれば、法定相続は完全に排除される

  • 遺言で遺産の一部だけを処分しても、残りも含めて指定された相続人が全てを継ぐ

 

 

つまり、「まず遺言ありき」であり、遺言がある限り、法律が決めた標準的な分け方は後ろに下がる、という発想です。

たとえばユリウス・シーザーは、自分の死後の相続人として、当時まだ若く無名だったオクタビアヌスを遺言で指名しました。

 

 

その結果、シーザーの財産だけでなく政治的な立場や支持もオクタビアヌスが引き継ぎ、

やがて彼はローマ初代皇帝アウグストゥスとなります。

 

 

たった一枚の遺言書が、個人の財産だけでなく国家の構造まで動かしてしまった好例です。
こうした事例を見ていくと、古代ローマ人にとって遺言書は、単なる「財産の分け方メモ」ではなく、

次の時代をどう託すかを決める政治的なツールでもあったことが分かります。

 

 

 

 

奈良時代の起源を知ると、現代の遺言書が少し身近になる

「遺言書はいつからあるのか?」という問いに対して、世界と日本の歴史をざっくり辿ると、

  • 世界では古代ローマ、日本では奈良時代の養老律令が、制度として確認できる起源とされている

  • その後の時代ごとに、主役(ローマ市民・奈良の貴族・江戸の百姓・明治の長男・現代の家族)が入れ替わりながら、遺言の役割が少しずつ変わってきた

という姿が浮かび上がってきます。

 

 

「遺言書」という言葉だけ見ると、どこか堅苦しく感じるかもしれません。
けれど、奈良時代・江戸時代・明治・戦後と歴史をのぞいてみると、

いつの時代も、人は自分がいなくなった後の家族や家のことを心配してきたことが分かります。

 

 

その延長線上に、いまのあなたの生活があります。
いつか自分も遺言書を書くかもしれない、そのとき少しだけ奈良時代や江戸時代の人の気持ちを思い出してみると、「紙一枚の重み」が、また違って見えてくるかもしれません。

 

なお、遺言書の具体的な書き方や、相続トラブルを避けるためのポイントを詳しく知りたい場合は、専門家による解説も参考になります。
遺言内容の基本と記載事項を徹底解説!相続トラブル回避と無効対策まで実例でわかる | メディア | 神奈川県横浜市の弁護士なら相続に強い鶴見総合法律事務所

 

遺言書についてどう思いましたか?あなたの意見をコメントしていただけると嬉しいです

 

ではでは(^ω^)ノシ

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