社会問題 時事

表現の自由と批判の自由はセットメニュー

投稿日:

表現の自由があるのと同じように批判の自由もあります。
むしろ表現に対する評価というのは当たり前のようについて回る。

どんな表現をしても良いけど批判はついて回る。

公序良俗に反した作品であっても場所を選べば芸術になるのと同じようにTPOを弁えた批判というのも自由。

 

 

 

例えばありがちなのはピカソの絵を見て

「落書きみたいな絵だから俺でも描ける」

と思う人もいる。

批判をする人はいる実際に同じような絵が描けるかは別ですが。

 

 




 

表現の自由が侵害される?

表現の自由が侵害されるというのは例えば

ある漫画を出版社で出版しようとしたら国から出版を止めさせられた。

某国みたいに著者を逮捕する。

 

 

その作品が世に出ないようにする事を表現の自由が侵害されるというのです。

内心にある思想、主張、意見、感情、性癖、物語、空想、妄想を表現する事は誰にも邪魔できない。

その反面、他人の作品に対する感想を言う権利もある。

 

 

 

どんなに情熱を傾けて作られた作品であっても批判する事や絶賛する自由がある。

表現の自由が侵害されるというのは批判の自由も侵害されるという事。

 

 

芸術というのは評価される

芸術というのは常に見る人から評価される。

彫刻や絵画、ポスター、映画、ドラマ、アニメ、音楽、ポエム、小説、漫画

創作物、芸術は常に良い悪いの評価を受ける。

 

 

 

芸術ではないけどこのブログだって読む人から評価を受けるわけです。

評価を受けて批判を受け止める鋼のメンタルがクリエイターには必要。

 

 

 

創作物が批判をされた時に表現の自由が侵害された!

差別だ!と騒ぐ人がいるけど表現の自由に対する反論は当たり前。

 

 

 

表現の自由と差別

昨今、ヘイトスピーチは表現の自由なのか?

みたいな議論がありますが結論から言えば表現の自由です。

ただし、めちゃくちゃ批判される。

 

 

 

具体的に言えば

「韓国人が日本人にヘイトスピーチをする」

「日本人が韓国人にヘイトスピーチをする」

両者ともめちゃくちゃ批判される。

 

 

 

これは当たり前であり、健全

一方的な批判、罵倒が社会的に認められ成立した時点でそれは差別

他者をバカにするような表現も表現の自由に含まれるけれど

同時に他者をバカにするという事は当然、反論もある。

 

 

 

 

一方的に相手を殴れると、殴る事が許されると思っているとしたらそいつはどうしようもない差別主義者

創作物や主義主張を批判された時に差別された!と騒ぐ人も覚悟が足りない。

何かを発表すれば是々非々で語られるのは当然。

 

 

 

万人に好かれようなんてのは無理。

表現の自由と憲法

表現の自由は公共の福祉に反しない限り自由です。

公共の福祉というのは「社会全体の共通利益」の事。

つまり、社会全体に大きな影響、不利益になる事はもっと簡単に言うと他人に迷惑をかける表現は憲法に反する。

 

 

 

 

平等権、自由権、社会権などを侵害するような表現の自由は認められない。

他人の自由を奪う、社会的な立場を奪うような表現は禁止。

具体的に言えば本人に無断でアップロードしたポルノ映像とかです。

 

 

 

日本国憲法第21条で認められている国民の権利。第1項には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とあり、第2項には「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とある。

つまり表現の自由とは憲法で守られているという事。

表現の自由に制限をつけた方が良いという方もいるけど@kesuikemayakuは反対です。

というのも誰かの感情や主義主張が言えなくなるというのは反論、批判も出来なくなる。

 

 

 

 

議論ができなくなる。

憲法によって守られた表現の自由とは貴重なものです。

というのも例えば王制の時代に王様の悪口を言ったら不敬罪で逮捕され最悪、処刑、無礼打ちでした。

 

 

 

憲法で表現の自由が認められている現在ではどんなに総理大臣や天皇陛下に批判し的な事を言っても罰せられない。

怒られたりはするかもしれないけど。
それは仕方ない。

表現と評価はセットです。

 



 

ヘイトスピーチ解消法は憲法違反では?

本来なら他人へのヘイトスピーチも

ヘイトスピーチ解消法とか憲法違反な気がしますね。

他人にヘイトをぶつける事は許されないけれど

ヘイトスピーチの名の下に他人の言論を封殺するのがヘイトスピーチ解消法。

 

 

 

これは日本人が外国人へのヘイトスピーチを禁止する

逆はありというとんでもない差別的な法律

これのせいでまともに反論できないなんて事もある。

 

 

 

そもそも、名誉毀損で充分じゃない?という話です。

表現の不自由展について

愛知トリエンナーレで行われた表現の不自由展ですが

批判される覚悟もなくあれを出したならクリエイターを名乗る資格はないでしょう。

どんなに素晴らしい作品であっても嫌う人、批判する人がいる。

 

 

 

どうしようもないくらい当たり前の話。

表現の不自由展なのだから批判が集まるのは当然だし、助成金がもらえなくなる可能性だってあるのは覚悟しなければならない。

クリエイターは批判されると分かっていても表現してしまう事だってあるでしょう。

 

 

 

表現の不自由展でかっこ悪いと思うのは主催者が石を投げられる覚悟もなく強い意志もなく当然、主義主張もなく天皇陛下の御真影を焼くなんて暴挙に出た。

はっきり言って主催者のお手軽な自慰行為に見える。

このように作品だけでなく、著者も批判の対象になります。

 

 

表現の自由は批判され止めされられる事もある。

表現というのは憲法に書かれている平等権、自由権、社会権を毀損する内容であれば批判され

世間から抹殺される事もある。

 

 

 

つまり、表現の自由とは批判の自由によって健全な状態になるという事です。

自由というのガチンコなんです。

誰からも邪魔されないけど、誰からも守られない。

 

 

 

社会が間違っているとその作品、表現を批判し世の中から排除される芸術もある。

 

 

まとめ

表現の自由には批判の自由がセットでついてきます。

どんな表現も批判されないとなるとそれはクリエイターの自慰行為になるからです。

 

 

批判され、場合によっては排除される。
だけども世の中に作品や主義主張を発表する自由はあります。

 

 

作品が発表された後に批判される事はありますがそれは仕方ない事です。

クリエイターには鋼のメンタルが必要なのは間違いない

ではでは(^ω^)ノシ

 






-社会問題 時事
-