パソコンのキーボードを見るたびに、こう思ったことはありませんか。
「なんでアルファベット順に並んでいないんだ?」
ABCDEFG……と並んでいれば、初心者でもすぐ覚えられるのに。筆者もパソコンを触り始めた頃、本気で設計者を恨みました。
結論から言うと、この配列は「タイプライター時代の事情」がそのまま残ったものです。しかもその事情は一つではなく、複数の思惑が重なっています。
この記事では、その4つの説を有力度つきで整理し、さらに「もっと打ちやすい配列」との比較、日本語入力での相性まで解説します。
結論:キーボード配列は「タイプライター時代の事情」の名残
QWERTYという名前は左上6文字をそのまま読んだだけ
いま使っているキーボードの配列は、QWERTY配列(クワーティ配列)と呼ばれます。
名前の由来は拍子抜けするほど単純で、左上の6つのキーを左から読んだだけです。
Q・W・E・R・T・Y
お手元のキーボードを見てください。そのまま並んでいるはずです。
150年前の設計が、なぜ今も生き残っているのか
QWERTY配列が登場したのは1870年代。150年以上前の、機械式タイプライターのための設計です。
当時のタイプライターは、キーを押すと金属の棒(タイプバー)が跳ね上がり、紙にインクリボンを叩きつける仕組みでした。
この物理的な構造が、配列を決める最大の制約だったのです。
パソコンにはタイプバーなどありません。それでも配列だけが生き残ったのは、すでに覚えてしまった人が多すぎたから。
技術の世界で「ロックイン」と呼ばれる現象の、最も有名な例のひとつです。
QWERTY配列が生まれた4つの説【有力度つきで解説】
よく「諸説あります」で片付けられますが、説によって信憑性にはかなり差があります。ひとつずつ見ていきましょう。
説①:タイプバーの絡まりを防ぐため(有力度★★★)
最もよく語られる説です。
タイピングが速すぎると、跳ね上がったタイプバー同士が絡まって故障する。
だからあえて打ちにくい配列にして、速度を落とした——という話。
ただし、この説明には少し注意が必要です。
「打つ速度を落とすため」というより、正確には「連続して打たれやすい文字のタイプバーを、物理的に離すため」でした。
隣り合ったバー同士がぶつかるのを避ける設計であって、タイピストを遅くすることが目的だったわけではないのです。
この誤解はかなり広く流布しているので、覚えておくと雑学として一段深い話ができます。
説②:「typewriter」を一列で打てるようにするため(有力度★☆☆)
キーボードの最上段を見てください。
Q W E R T Y U I O P
t y p e w r i t e r ——「typewriter」の10文字が、すべて最上段に揃っています。
営業マンが客前で「これが我が社のTYPEWRITERです」と、指を上段だけ滑らせて華麗に打ってみせる。そのための配置だった、という説です。
面白い話ですが、有力度は低いと考えられます。配列が完成したあとに気づかれた偶然、というのが実際のところでしょう。
ただ、言われるまで気づかない人がほとんどなので、雑学ネタとしては優秀です。
説③:よく使う組み合わせを離して配置するため(有力度★★★)
説①の具体版にあたる話です。
英語で頻出する組み合わせ——th er st ing など——を打つとき、タイプバーが隣接していると絡まるリスクが高まります。そこで頻出ペアを物理的に離した。
実際、E と R は隣り合っていますが、これは当時の設計思想では「バーの位置」の話であって、キートップの位置とバーの位置は必ずしも一致していませんでした。
機械の内部構造を優先した結果、表面の並びが不規則になったというわけです。
技術的な裏付けがある分、この説の信頼度は高めです。
説④:他社への乗り換えを防ぐため(有力度★★☆)
一度覚えた配列は、そう簡単には変えられません。
タイピストを養成する学校がQWERTYで教えれば、卒業生はQWERTYのタイプライターしか買わない。
結果として市場が固定される——という、ビジネス戦略としての説です。
ただしこれは「最初からそれを狙って設計した」というより、後から結果的にそうなったと見るのが自然でしょう。だから有力度は中間の★★☆。
結局どれが正解なのか
筆者の考えでは、どれか一つが正解ではありません。
①と③の技術的要請がベースにあり、そこに④のビジネス的な事情が後から乗った。
②はおまけの偶然。この重なりが、いまの配列を作った——と捉えるのが最も自然です。
歴史上の「なぜ」は、たいてい単一の理由では説明がつかないものです。
打ちやすさを追求した「Dvorak配列」という選択肢
「じゃあ、最初から打ちやすさを考えて作った配列はないの?」
あります。Dvorak配列(ドヴォラック配列)です。
母音を左手、子音を右手に分けた合理的な設計
1930年代、心理学者のオーガスト・ドヴォラックがタイピング効率だけを考えて設計しました。
思想は明快です。
- 左手のホームポジションに母音(A・O・E・U・I)
- 右手のホームポジションに頻出子音(D・H・T・N・S)
英語は母音と子音が交互に現れる言語なので、この配置だと左右の手が交互にリズムよく動くことになります。
指の移動距離も大幅に短縮されます。
ホームポジションの使用率は約70%(QWERTYは約32%)
数字で見ると差は歴然です。
| 配列 | ホームポジションだけで打てる割合 |
|---|---|
| QWERTY配列 | 約32% |
| Dvorak配列 | 約70% |
つまりQWERTYでは、7割近くの打鍵で指をホームポジションから動かしていることになります。
一日中キーボードを叩く人にとって、この差は小さくありません。
それでも普及しなかった理由
これだけ合理的なのに、Dvorak配列を使っている人はほとんどいません。
理由はシンプルで、すでに世界中がQWERTYを覚えてしまっていたからです。
- 職場の共用パソコンはQWERTY
- 人のパソコンを借りたら打てない
- 覚え直しに数週間から数ヶ月かかる
- 覚え直した後、QWERTYが打てなくなる可能性がある
「優れた技術が必ず勝つわけではない」という、経済学でよく引き合いに出される事例になっています。
なお、MacもWindowsも標準機能でDvorak配列に切り替え可能です。ハードを買い替える必要はありません。
キーボード端末は基本的にQWERTYとなっているから新しい配置で覚え直すのが手間ではありますよね
日本語入力ではどうなる?ローマ字入力との相性
ここからが、日本語話者にとって本当に重要な話です。
Dvorak配列で「きょう(kyo)」を打つと起きること
Dvorak配列は英語のために最適化された配列です。日本語のローマ字入力とは、そもそも設計思想が噛み合っていません。
たとえば拗音。「きょう」をローマ字で打つと k y o となりますが、Dvorak配列では K は右手小指の近く、Y は左上、O は左手ホームポジション。手が大きく往復することになります。
日本語は拗音・促音が頻出する言語なので、この手の動きが延々と続きます。英語では効率的な配列が、日本語では逆に非効率になりうるわけです。
あくまでもアルファベットを使う人たちに合わせて作られているのかDvorak配列のキーボード
日本語向けに作られた配列もある(親指シフト・かな配列)
では日本語専用の配列はないのか。これもあります。
- JISかな配列……キートップに書かれているひらがな。1キー1文字で打てるが、覚えるキーが多い
- 親指シフト(NICOLA)……富士通が開発。親指キーとの同時押しで、ほぼ全ての仮名をホームポジション周辺で打てる
- 新JIS配列・月配列など……有志が設計した効率重視の配列
特に親指シフトは、日本語入力の効率を追求した結果として根強い支持者がいる配列です。
作家やライターに愛用者が多いことでも知られています。
ローマ字入力は「かな1文字にキー2打鍵」が基本なので、理屈のうえではかな入力系のほうが打鍵数は半分近くになるのです。
今から配列を変えるべきか?判断の目安
正直なところ、ほとんどの人は変えなくていいというのが結論です。
変えたほうがいい人・やめたほうがいい人
検討する価値がある人
- 一日中文章を書く仕事をしている(ライター・作家・プログラマー)
- 手首や指に負担を感じている
- 自分専用のパソコンしか使わない
- 数ヶ月かけて覚え直す時間的余裕がある
やめたほうがいい人
- 共用パソコンや他人の端末を使う機会がある
- タイピングがまだ完全に身についていない
- 短期的な効率を求めている
覚え直しには相応のコストがかかります。「QWERTYは非効率だ」という知識と、「だから乗り換えるべき」は別の話です。
WindowsとMacでの切り替え方法
試してみたい人のために、手順だけ置いておきます。
Windows
設定 → 時刻と言語 → 言語と地域 → 日本語の「…」→ 言語のオプション → キーボードレイアウトを変更
Mac
システム設定 → キーボード → 入力ソース → 「+」から Dvorak を追加
どちらも元に戻すのは一瞬なので、気になる人は一度触ってみるのが早いです。
まとめ:デタラメに見えて、すべてに理由がある
キーボード配列がバラバラな理由を整理します。
- QWERTY配列は1870年代のタイプライター用の設計が、そのまま残ったもの
- 理由は主に**「タイプバーの絡まり防止」と「頻出ペアの分散」**(技術的要請)
- そこに市場の囲い込みというビジネス的事情が重なった
- 「typewriter」を一列で打てるのは、おそらく偶然の産物
- 効率を追求したDvorak配列も存在し、ホームポジション使用率は約70%
- ただし日本語のローマ字入力とは相性が悪い
- 日本語には親指シフトなど、専用に設計された配列がある
一見デタラメに見える並びも、掘ってみれば150年分の事情が詰まっています。
毎日触っているものに、こういう歴史が隠れているのは面白いものです。
次にキーボードを見たとき、左上6文字を確認してみてください。Q・W・E・R・T・Y、ちゃんと並んでいるはずです。
ではでは(^ω^)ノシ
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