「オリンピックに絵画の金メダルがあった」という話を聞いて、本当なのか気になったことはありませんか。
オリンピックといえばスポーツの祭典ですが、実はかつては絵画や音楽、文学などの芸術作品にも金・銀・銅メダルが授与されていました。
この記事では、
- オリンピックで絵画が正式種目だったのは本当なのか
- なぜ芸術競技が採用されたのか
- なぜ廃止されたのか
- 現在のオリンピックとの関係
について分かりやすく解説します。
今では考えられない「芸術で争うオリンピック」の歴史を知ると、スポーツの祭典に対する見方が少し変わるかもしれません。
オリンピックで絵画が正式種目だったのは本当?
結論から言うと、本当です。
1912年のストックホルム大会から1948年のロンドン大会まで、オリンピックでは「芸術競技」が正式種目として実施されていました。
対象となったのは次の5部門です。
- 絵画
- 彫刻(造形)
- 建築
- 文学
- 音楽
しかも単なる展示イベントではありません。
スポーツ競技と同じように審査が行われ、優秀な作品には金・銀・銅メダルが授与されていました。
現在の私たちにとっては意外ですが、当時は芸術もオリンピックの重要な競技の一つだったのです。
なぜオリンピックに絵画や芸術競技があったのか
芸術競技が採用された理由は、近代オリンピックの創設者であるピエール・ド・クーベルタンの思想にあります。
クーベルタンは古代ギリシャのオリンピックに強く影響を受けていました。
古代ギリシャでは、身体能力だけでなく芸術や学問も重視されていたとされています。
そのため彼は、
「優れた身体と豊かな精神を兼ね備えた人間を育てる」
という理想を掲げました。
スポーツだけではなく芸術も競い合うことで、本来のオリンピック精神を実現しようと考えたのです。
実際に芸術競技へ出品された作品は、スポーツをテーマにすることが条件でした。
選手を描いた絵画や競技場の設計図、スポーツを題材にした音楽や文学作品などが審査対象になっていました。
実は創設者自身も金メダルを獲得していた
芸術競技を語るうえで欠かせないのがクーベルタン本人のエピソードです。
彼は1912年大会の文学部門に作品を応募し、実際に金メダルを受賞しています。
しかも本名ではなく、ペンネームを使って応募していました。
オリンピックの創設者が自ら競技に参加し、金メダルまで獲得していたという事実はあまり知られていません。
このことからも、クーベルタンが芸術競技を単なる余興ではなく、本気で重要な競技と考えていたことが分かります。
なぜ絵画競技は廃止されたのか
芸術競技が廃止された最大の理由は、プロとアマチュアの問題でした。
当時のオリンピックでは、基本的にアマチュア選手のみが参加できるという考え方が重視されていました。
しかし芸術家の多くは作品の販売によって収入を得るプロです。
スポーツ選手にはアマチュア規定を適用しながら、芸術家だけを例外扱いすることは難しいと考えられるようになりました。
また、芸術作品はタイムや得点で順位を決める競技とは異なり、評価が審査員の判断に左右される側面もありました。
こうした事情が重なり、1948年のロンドン大会を最後に芸術競技は廃止されることになります。
つまり、人気がなかったから消えたのではなく、オリンピックの運営方針との整合性が取れなくなったことが大きな理由だったのです。
芸術に優劣をつけるのは非常に難しい
テクニックに優劣があれどある程度のレベルになると順位を決めるのが難しいという事です。
芸術競技はなくなったが芸術は残っている
芸術競技は廃止されましたが、芸術そのものがオリンピックから消えたわけではありません。
現在も開催都市では文化プログラムや芸術イベントが実施されています。
さらに開会式や閉会式では、その国の文化や芸術が世界へ向けて発信されています。
形は変わったものの、スポーツと文化を結び付けるというクーベルタンの考え方は今も受け継がれているのです。
オリンピックはもともと「身体と芸術の祭典」だった
現在のオリンピックはスポーツ大会というイメージが強いでしょう。
しかし歴史を振り返ると、かつては絵画や音楽、文学も金メダルを競う正式種目でした。
実はオリンピックは最初からスポーツだけの祭典ではなかったのです。
絵画競技が存在した背景には、「身体だけでなく精神や創造性も称えるべきだ」という創設者の理想がありました。
オリンピックで絵画に金メダルが授与されていたという事実は、私たちが思っている以上に奥深い歴史を、この大会が持っていることを教えてくれます。
ではでは(^ω^)ノシ
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