鉛筆を最後になめたのはいつだろうか。子どもの頃、うっかり口に入れて「鉛が入ってるから体に悪いよ」と怒られた記憶がある人もいるはずだ。
実はこれ、半分正解で半分間違いだ。鉛筆の芯に、金属の鉛は一切使われていない。
芯の正体は「黒鉛」という炭素の鉱物と、粘土を焼き固めたものにすぎない。
では、なぜ「鉛」という字がずっと使われ続けているのか。その答えは、名前の裏に隠れたもう一つの筆記具にあった。
結論から言えば鉛筆の前に鉛を使った筆記具があったからです。
黒鉛と鉛はまったくの別物
黒鉛は漢字こそ「鉛」の字を含むが、成分は炭素だけでできた鉱物だ。
ダイヤモンドと同じ炭素の仲間でありながら、原子の並び方が違うために性質はまるで違う。
層状に重なった構造をしていて、その層がずれて薄く剥がれ落ちることで、紙にこすりつけると黒い線が残る。これが鉛筆で字が書ける仕組みだ。
一方の鉛は、重くて柔らかい金属元素そのものを指す。黒鉛とは原子の種類からして異なり、共通点は色合いが似ていることくらいしかない。
ここら辺は理科の授業を真面目に受けていればみんな知っている知識だ。
じゃあなんで鉛という漢字が使われているのか?
なぜ「鉛」という名前が残ったのか
ここで多くの人が引っかかるのが、成分が違うのに名前だけ「鉛筆」として残った理由だ。
実はこれ、単なる勘違いから生まれた話ではない。
黒鉛が広く使われるようになる以前、実際に金属の鉛を細い棒状にした「尖筆」という道具が存在した。
これは紙に濃い跡を残すためのものではなく、羊皮紙などに文字を書く前に、あらかじめ薄い下書き線を引くための道具だったとされている。
蝋板や粘土板に文字を刻みつける道具です。
尖筆と同じ仕組みの道具は、美術分野で「メタルポイント」と呼ばれ、今も使われています。
現在でもシルバーポイント(銀筆)という名前で販売されていたりする。
この鉛の棒が英語で「lead pencil」、つまり「鉛の筆」と呼ばれるようになり、その呼び名が黒鉛製の筆記具と一緒に日本へ輸入されたと言われている。
つまり「鉛筆」という名前は、成分の誤解というより、以前使われていた本物の鉛の道具の呼び名を、後から生まれた黒鉛製の筆記具がそのまま引き継いだ結果なのだ。
加えて、黒鉛の色や書き味が鉛に似ていたことから、当時の人々が「黒鉛は鉛の一種」と誤認していた事情も重なっている。
この科学的な誤解が解けたのは18世紀末から19世紀初め頃とされ、それまでは黒鉛と鉛は同じものだと信じられていた時代が長く続いていたことになる。
本物の鉛で描いていた時代があった
「鉛の筆記具が実在した」と聞くと驚くかもしれないが、話はここで終わらない。
黒鉛鉛筆が広まる以前の西洋美術の世界では、金属そのものを使って絵を描く技法が存在した。
銀の棒を使う「シルバーポイント」だ。
当時、金、銅、鉛、錫(すず)、真鍮、銀など、多様な金属が使われました。
紙にあらかじめ下地を塗っておき、そこに銀の棒をこすりつけて線を引く。
金属の微粒子がわずかにざらついた下地に付着することで、線として残る仕組みだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチも、この技法でデッサンを残している。
しかもこの線は、時間をかけて酸化し、灰色から赤みを帯びた独特の色合いへと変化していく。
消しゴムでは消せないため、一発勝負の緊張感がある画材だったとも言われている。
黒鉛が普及する前の筆記具の歴史をたどると、「鉛筆」という名前一つに、金属の鉛、そして銀という、二種類の金属の記憶が重なっていることが見えてくる。
黒鉛鉛筆はどこから始まったのか
黒鉛が筆記具として使われ始めたのは1564年頃とされている。
イギリス・カンバーランド地方のボローデール鉱山で、大規模な黒鉛の鉱脈が発見されたことがきっかけだったと伝えられている。
最初は羊の印付けやストーブの錆止めといった程度の使い道だったが、やがてイタリアに渡り、デッサン用の画材として重宝されるようになった。
このボローデール産の黒鉛は非常に質が高く、当時は高級品として扱われていた。
乱掘を防ぐためイギリス政府が採掘期間を年6週間に制限し、1751年には盗難を取り締まる法律まで制定したというから、黒鉛がいかに貴重な資源だったかがうかがえる。
興味深いことに、日本でも徳川家康や伊達政宗が、黒鉛の小片を木に挟んだ鉛筆を所有していた記録が残っている。
鉛筆は西洋だけでなく、戦国から江戸初期の日本の歴史にも、静かに足跡を残していたことになる。
まとめ
鉛筆に鉛が入っていないという事実だけなら、知っている人も多いだろう。
だがその名前の奥には、本物の鉛でできた下書き用の道具や、銀で絵を描いていた画家たちの技法まで、金属を使って何かを書き記そうとしてきた長い試行錯誤の歴史が隠れている。
次に鉛筆を手にしたとき、その芯の黒さの向こうに、鉛と銀、二つの金属の記憶がふと重なって見えるかもしれない。
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