旅館の客室にある、窓際の板間というかわざわざ障子で仕切ってある謎のスペース
あれってなんとなくいい感じで気になったりしますよね
第1章:はじめに──旅館で感じる“和のゆとり”
和風旅館に泊まったとき、ふと感じる“ゆとり”や“心の落ち着き”。それは、ただ畳の上でくつろぐというだけではありません。
障子越しに柔らかい光が差し込む、窓際のあの板張りのスペース──なんとなく腰をかけて、景色を眺めたくなる場所。
「このスペースって何のためにあるの?」と、思ったことがある方も多いのではないでしょうか。
そう、この記事で取り上げるのは【旅館 の あの スペース】。正式には「広縁(ひろえん)」と呼ばれる、日本建築特有の空間です。
広縁は単なる通路や窓際のデッドスペースではなく、日本人の暮らしやおもてなしの精神が詰まった、非常に奥深い存在です。この記事では、そんな広縁の魅力や歴史、そして現代の活用法まで、たっぷりとご紹介していきます。
次章では、そもそも「広縁とは何か?」という基本から丁寧に解説していきます。
第2章:広縁とは?──その定義と役割
旅館にある、 あの スペースで通じてしまうくらい多くの人が目にしている「広縁(ひろえん)」は、和室と外との“あいだ”に位置する空間です。
見た目はシンプルな板張りの床に、障子やガラス戸が組み合わされた小さな空間ですが、その存在には日本建築らしい機能と美意識が詰まっています。
◾ 広縁の基本的な構造
広縁は、畳の和室の外側に設けられた、板張りの床のスペースです。外に面した側にはガラス戸や雨戸があり、内側は障子や襖(ふすま)で仕切られています。
客室の延長のようでいて、少しだけ独立した、半プライベートな空間ともいえます。
◾ 広縁の主な役割
1. 外と内の“緩衝地帯”
広縁は、屋内と屋外を直接つなぐのではなく、その間にワンクッションを置くことで、光や風を柔らかく取り込む設計となっています。
冷暖房のない時代には、夏は涼しさを呼び、冬は冷気の侵入を和らげる“自然の断熱材”のような役割も果たしていました。
2. 空間に“奥行き”を持たせる
日本建築では、物理的な広さ以上に「奥行き感」や「見通しの美しさ」を大切にします。
広縁があることで、部屋の中に奥行きが生まれ、障子越しに見える景色や庭がまるで一枚の絵画のように感じられます。
3. くつろぎの“余白”
広縁は、茶菓を楽しんだり、読書をしたり、ぼんやり景色を眺めたりと、明確な“用途がない贅沢”な空間です。
この“何もしない時間を過ごす場所”という考え方こそ、日本らしい精神性が表れています。
◾ 名前の由来と違い
「広縁」のほかにも「縁側(えんがわ)」という言葉がありますが、両者は少し違います。
用語 | 特徴・違い |
---|
縁側 | 屋外に近く、庇(ひさし)の下にある外縁的な空間。雨戸の外側にあることも多い。 |
広縁 | 屋内の延長として設けられた、板張りの中間空間。障子で仕切られていることが多い。 |
つまり、「縁側」が外とのつながりを強く意識した空間であるのに対し、「広縁」はより室内的で、くつろぎに重きを置いた空間と言えるでしょう。
第3章:広縁の歴史と日本建築との関係
「旅館のあのスペース」として親しまれている広縁(ひろえん)は、実は長い歴史の中で、日本の住まいの在り方と共に進化してきました。
日本建築特有の“間(ま)”や“余白”の文化が色濃く反映されており、ただの窓際スペースでは語り尽くせない奥深さがあります。
◾ 起源は貴族の館「寝殿造」から
広縁のルーツをたどると、平安時代の上流階級の住まいである「寝殿造(しんでんづくり)」に行き着きます。
この時代の建築では、主殿の周囲に簀子(すのこ)縁と呼ばれる板張りの縁が張り巡らされていました。これが広縁や縁側の元祖とされています。
当時の簀子縁は、外と接する場所としての機能が強く、屋外に近い空間でした。
しかし、時代が下るにつれ、気候や生活様式の変化に合わせて、徐々に室内的な要素が強まり、「広縁」へと変化していきます。
◾ 書院造と共に発展した“室内空間の延長”
室町時代以降、「書院造(しょいんづくり)」が登場すると、建築の形式はより整えられ、部屋の配置や間取りに秩序が生まれました。
書院造では、座敷(和室)に付属する形で、広縁が設けられるようになります。
この頃から、広縁は単なる通路ではなく、景色を眺める場所、接客の場、あるいは季節に応じて風を通したり日差しを和らげたりする、多機能な空間として定着していきます。
◾ 庭との“つなぎ目”としての役割
日本の住宅において、庭は「外」ではなく「住まいの一部」と考えられてきました。
広縁はその庭と室内を“つなぐ”存在です。
特に江戸時代の武家屋敷や明治以降の旅館建築では、広縁から庭を望む設計が多く見られます。
これは、視覚的にも心理的にも「自然と共に暮らす」という日本人の美意識が反映された形と言えるでしょう。
◾ 現代建築への影響
現在の住宅建築では、洋風化が進んでいますが、和風旅館や数寄屋造りの住宅、モダン和風のホテルなどでは、今も広縁の要素が取り入れられています。
特に「光をやわらかく取り込む」「空間に余白を生む」といった設計思想は、現代のインテリアデザインにも影響を与えています。
広縁は単なる古い建築様式ではなく、日本人の暮らしの知恵や美意識の結晶として、今もなお旅館の中で静かに生き続けています。
第4章:広縁のある旅館の魅力
旅館に泊まったとき、「ああ、日本に生まれてよかった」と感じさせてくれる瞬間があります。
そのひとつが、静かな朝に障子を開け、広縁に腰かけて外の景色をぼんやり眺めるひととき。
広縁は、ただの“窓際スペース”ではありません。旅館という非日常の空間で、心と体を解きほぐしてくれる大切な場所です。
◾ 癒しの“中間空間”としての役割
広縁は、客室のように寝たり食べたりする場所ではなく、また屋外のように完全に開放された場所でもありません。
その「どちらでもない」中間的な性質こそが、心をゆるめる効果を生んでいます。
たとえば…
- 湯上がりに浴衣で一息
- 朝の光を浴びながらの読書
- 夕暮れに外を眺めながらの晩酌
- 雨音を聞きながら、静かに過ごす時間
こうした時間を演出してくれるのが広縁なのです。
◾ 外とのつながりを感じる贅沢
現代人にとって、自然と向き合う時間はどんどん減ってきています。
広縁に座ることで、風、光、鳥の声、木々の揺れといった自然の気配を、間接的に感じることができます。
この「直接触れないけれど、しっかりとつながっている感覚」は、まさに日本人の美意識「間(ま)」そのもの。
ガラス戸を1枚隔てて自然と接する広縁は、五感をやさしく刺激してくれる贅沢な場所なのです。
◾ フォトジェニックな空間としても人気
最近では、SNS映えを意識した旅館も増えていますが、広縁は「写真にしたくなる空間」としても注目されています。
- 柔らかい自然光
- 障子越しの陰影
- 和の素材感(木、和紙、畳)
- 外の緑とのコントラスト
こうした要素が組み合わさることで、まるで一枚の絵のような美しい写真が撮れるのです。
特に、朝や夕方の時間帯は“光の演出”が最高です。
◾ 心づかいが表れた設計
広縁のある旅館では、しばしばそこに椅子とテーブル、湯呑と茶器セットが用意されています。
これは「ここでひと息ついてくださいね」という、旅館側からのやさしいメッセージ。
つまり、広縁とは空間だけでなく、おもてなしの“こころ”も込められた場所なのです。
広縁のある旅館は、単に「古風」であるだけでなく、日本人の精神文化と、美的感覚、そしてホスピタリティが融合した空間です。
だからこそ、広縁は訪れる人の心に静かに響き、旅の記憶に深く残るのです。
第5章:広縁の活用シーン──こんな楽しみ方がある!
【旅館にある、 あのスペース】こと“広縁は、ただ景色を眺めるだけの場所ではありません。
実はちょっとした工夫や心の持ち方次第で、とても豊かで特別な時間を過ごすことができる空間です。
この章では、広縁を120%楽しむための活用シーンをいくつかご紹介します。
◾ 1. 湯上がりの一服タイム
温泉旅館での楽しみといえば、やっぱりお風呂の後。湯冷ましの時間を広縁で過ごすのは、格別の体験です。
- 冷たいお茶やビールを片手に
- 濡れた髪を自然の風で乾かしながら
- 外の景色をぼんやり眺めつつ深呼吸
体の芯からリラックスできる瞬間です。寒い季節にはひざ掛けやホットドリンクが添えられている旅館もあります。
◾ 2. 朝の光で「目覚めの読書」
旅先の朝は、日常より少し早く目覚めるもの。そんなときは、広縁で静かに読書を楽しんでみてはいかがでしょうか?
- 障子を開けて自然光を取り込み
- 朝の澄んだ空気を胸いっぱい吸い込みながら
- コーヒーや緑茶を片手にお気に入りの一冊を読む
日常では味わえない「静かで贅沢な朝時間」になります。
◾ 3. 夕暮れどきの「ひとり晩酌」
夕方、薄暗くなってきた空と共に、ちょっと一杯やりたくなる時間帯。広縁はそんな大人のくつろぎタイムにもぴったりです。
- おつまみと地酒を並べて
- 旅館の庭や山並みを眺めながら
- ゆっくりと日が暮れていく様子に身をまかせる
テレビもスマホもいらない、無”の時間を過ごす贅沢があります。
◾ 4. 雨の日こそ、広縁日和
「雨だからつまらない」ではなく、「雨の日こそ広縁」。これが通な楽しみ方です。
- 障子越しに聞こえる雨音
- 濡れた木々のしっとりとした緑
- 湿った空気の中で味わう熱いお茶
五感が研ぎ澄まされ、心の奥がじんわり満たされるような静かな時間が流れます。
◾ 5. 親しい人との“ちょっと深い会話
家族や友人、恋人と一緒に過ごす広縁は、自然と会話が深まる場所でもあります。
大声を出さなくても通じ合える距離感、落ち着いた空気感が、本音を話せる場を作ってくれます。
- ふたりで並んで景色を見ながらぽつりぽつりと話す
- 話が途切れても、無理に埋めなくていい空気
- 沈黙さえも心地よく感じられる不思議な空間
まさに「時間がゆるむ場所」といえるでしょう。
このように、広縁は使い方に決まりがないからこそ、自分だけの“癒しのスタイル”を見つけられる場所です。
ただの窓際ではなく、“自分をリセットするための空間”として、旅の思い出に深く残ります。
第6章:現代住宅にも応用できる?広縁的スペースの取り入れ方
広縁(ひろえん)は、確かに伝統的な日本建築の一部ですが、「あんな空間、自宅にもほしい!」と思ったことはありませんか?
実は現代の住まいにも、広縁のような“癒しの中間空間”を取り入れることは十分可能です。
この章では、広縁的スペースを現代のライフスタイルにどう落とし込むかを考えてみましょう。
◾ ポイントは「間(ま)」と「余白」
広縁の本質は、単なる板張りのスペースではありません。そこには以下のような要素が詰まっています:
- 完全な室内でもなく、屋外でもない「中間的な場所」
- 使い道が限定されていない「余白の空間」
- 五感で自然を感じられる「光・風・音の通り道」
これらの考え方は、現代の家づくりやリノベーションにも応用可能です。
◾ 応用例1:インナーテラス(室内縁側)
マンションや都市部の住宅でも人気が高まっているのが「インナーテラス」というアイデア。
これは、リビングの延長線上に設けられた小さなスペースで、観葉植物を置いたり、椅子を置いてくつろいだりする空間です。
- 床材を変えて「区切り感」を出す(例:フローリング → タイル)
- 窓辺にロールスクリーンや格子を設置し、障子のような“和の柔らかさ”を演出
- 照明を抑えめにして、自然光メインで過ごす
小さなスペースでも、精神的にゆとりが生まれる空間になります。
◾ 応用例2:ウッドデッキ+サンルーム
戸建ての場合は、広縁の“現代版”として、ウッドデッキやサンルームが活用できます。
- リビングと庭をつなぐデッキスペースに、簡易な屋根やガラスの囲いをつける
- 雨の日も光が差し込む半屋外空間として利用
- 家族でお茶をしたり、趣味の時間を過ごしたりできる場所に
まさに現代の「広縁的リビング」といえる存在ですね。
◾ 応用例3:和室+小上がり+障子風インテリア
もし家に和室がある場合は、そこに少しの工夫で広縁の雰囲気を加えることができます。
- 窓際に板張りのスペースやベンチを設ける
- 障子風のロールスクリーンや間仕切りを使って“視覚的に仕切る”
- 間接照明で時間帯による光の変化を楽しむ
畳と板のコントラストが旅館らしい落ち着いた雰囲気を生み、自然と“くつろぎの時間”が生まれます。
◾ 大切なのは「使い方を決めすぎない」こと
広縁の魅力は、あえて用途を限定しない“余白”にあります。
「何をする場所かわからないけど、つい座りたくなる」──そんな空間が、心のゆとりを生むのです。
現代の住宅に広縁的スペースを取り入れるときも、
- あえて家具を置きすぎない
- 時間帯によって使い方を変える
- 家族それぞれが自由に過ごせる
といった柔軟な使い方を意識すると、暮らしに“間”が生まれ、日常が少しだけ豊かになります。
第7章:まとめ──広縁は“心の余白”を感じる場所
旅館に泊まると、つい腰を下ろしたくなるスペース──広縁(ひろえん)。
それは単なる窓際の板間ではなく、日本人の暮らしと心を映し出す“静かなる空間”でした。
◾ 広縁とは何か、改めて
- 和室と屋外をつなぐ中間的なスペース
- 日本建築の中で生まれた、自然と共に生きるための設計
- 使い道を限定しないことで、心に余白をもたらす場所
その静けさ、柔らかさ、そして曖昧さこそが、現代人が忘れがちな“ゆるやかな時間の流れ”を思い出させてくれるのです。
◾ 広縁が教えてくれる「豊かさ」とは
スマートフォン、SNS、仕事に追われる日々…。そんな現代社会において、広縁のような空間は**「何もしない時間」こそが最も贅沢である**ことを教えてくれます。
- 風に耳を澄ませる
- 日差しの揺れを眺める
- 湯呑から立ち上る湯気をぼんやりと見る
こうした“非生産的”とも思える時間が、心を整え、自分を取り戻す時間になるのです。
◾ これからの暮らしに“広縁的なもの”を
もちろん、すべての家に伝統的な広縁を取り入れるのは難しいかもしれません。
けれど、その精神性──「余白を大切にする」「自然と共にある」「無為の時間を楽しむ」──は、どんな暮らしにも取り入れることができます。
たとえば…
- 窓際に小さな椅子と観葉植物を置いてみる
- 朝の10分間、何もしないで外を眺める
- 意図的に「使わない空間」を家の中につくる
これだけでも、私たちの暮らしに小さな“広縁”が生まれるはずです。
◾ 終わりに
旅館の中にひっそりとたたずむ“あのスペース”──広縁は、見た目の美しさ以上に、人と自然、空間と時間、そして心と身体をつなぐ場所でした。
もし今度旅館に泊まる機会があれば、ぜひその広縁に座って、何もしない時間を楽しんでみてください。
その静けさの中に、忘れていた自分自身の声が、そっと聞こえてくるかもしれません。
ではでは(^ω^)ノシ
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