古代ギリシャに存在した「テーバイの神聖隊(Sacred Band of Thebes)」は、戦場での強さと、兵士同士の愛情の強さを兼ね備えた異色の軍団でした。
彼らは単なる軍事部隊ではなく、愛、忠誠、そして誇りによって結ばれたエリート戦士集団。今回はその歴史と、後世に与えた文化的影響を掘り下げてみます。
神聖隊とは何か?
テーバイの神聖隊は、紀元前4世紀ごろに編成された精鋭部隊で、150組の男性同性愛のカップルから構成されていました。
つまり、兵士300人全員が恋人同士という前代未聞の構成です。
この部隊の設立意図は、「恋人の前では決して臆病にならない」という信念に基づいています。
恋人のためなら命も惜しまないという愛の力を、軍事力へと昇華した存在だったのです。
歴史的エピソード
■ レウクトラの戦い(紀元前371年)
スパルタとテーバイが激突したこの戦いで、神聖隊は大きな戦果を上げました。
将軍エパメイノンダスの指揮のもと、神聖隊はテーバイ軍左翼に配置され、スパルタ軍の精鋭を正面から撃破します。
この勝利によって、ギリシャ世界で無敵を誇っていたスパルタが初めて敗北。
テーバイは一時的にギリシャの覇者となりました。神聖隊の名声もこのとき最高潮に達します。
■ カイロネイアの戦い(紀元前338年)
マケドニア王フィリッポス2世と、アテナイ・テーバイ連合軍が激突した戦い。
若きアレクサンドロス大王もこの戦いに参加しました。神聖隊は最後の一兵まで戦い抜き、全滅します。
伝えられるところによると、敵将フィリッポス2世は彼らの死体を見て「これほどの者たちを倒して、自分たちは本当に勝者と言えるのか?」と語ったといいます。
現在も現地には「カイロネイアのライオン像」が建てられており、神聖隊の勇敢さを讃えています。
同性愛と戦士道:古代ギリシャの独自文化
神聖隊の存在は、古代ギリシャにおける同性愛観の象徴でもあります。
古代ギリシャでは、年上の男性と若者の間に結ばれる精神的・教育的な愛「パイデラスティア」が重視されていました。
恋人同士で戦場に立つことで、恥をかくことなく、勇敢であろうとする動機が生まれるとされていたのです。
現代の価値観とは異なりますが、当時はこのような愛が国家や社会の理想のひとつとされていました。
なぜこの文化は後世に引き継がれなかったのか?
古代ギリシャで尊ばれた同性愛的な関係は、中世以降のヨーロッパではキリスト教の道徳観によって否定されていきます。
- キリスト教は性的行為を生殖の手段とみなし、同性愛を「自然に反する罪」とした
- 中世では同性愛行為は異端審問や処刑の対象となることもあった
- 近代以降は法制度や医学によって「逸脱」「病理」として取り締まり対象に
つまり、愛と忠誠を力に変えるという古代の発想は、宗教と近代国家の制度の中で否定されてしまったのです。
神聖隊が現代に残したもの
現在では、神聖隊はLGBTQ+の象徴として再評価されることもあります。
愛が結ぶ力、忠誠、誇り、そして自由のために戦った者たちの姿は、古代から現代へのメッセージとして輝き続けています。
彼らの物語は、単なる軍事史にとどまらず、人間の愛と尊厳の可能性を語る歴史の一章なのです。
参考文献
- プルタルコス『対比列伝』
- プラトン『饗宴』
- Paul Cartledge, Thebes: The Forgotten City of Ancient Greece
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