歴史の雑学

気球と飛行機はどっちが先?人類初の有人飛行は意外にも気球だった

「人類で初めて空を飛んだのはライト兄弟」。

そう思っている人は少なくありません。

 

 

学校の授業やテレビ番組でもライト兄弟の名前を目にする機会が多いため、飛行機こそが人類初の飛行だと思われがちです。

しかし実際には、人類が初めて空を飛んだのは飛行機ではありませんでした。

 

 

飛行機が誕生する120年以上前の1783年、フランスで熱気球による有人飛行が成功しています。

現在では観光やイベントのイメージが強い気球ですが、実は航空史の始まりを切り開いた存在だったのです。

 

 

なぜ人類は飛行機より先に気球で空を飛べたのでしょうか。

そして気球はどのような歴史を歩み、なぜ主役の座を飛行機に譲ったのでしょうか。

空への憧れから始まった気球の歴史をたどってみましょう。

 

 

気球と飛行機はどっちが先?

結論からいうと、人類が最初に空を飛んだのは飛行機ではなく気球です。

熱気球による有人飛行が成功したのは1783年。対してライト兄弟による動力飛行機の初飛行は1903年です。

 

 

つまり人類は飛行機が誕生するより約120年も前から空を飛んでいました。

ここで誤解されやすいのが、「ライト兄弟が人類初の飛行者」という認識です。

 

 

実際にはライト兄弟が成功させたのは、人を乗せた動力飛行機による飛行でした。

人類が初めて空へ浮かび上がった瞬間は、それよりずっと前に熱気球によって実現していたのです。

この違いを知らない人は意外と多く、航空史の面白いポイントのひとつといえるでしょう。

 

 

なぜ人類は飛行機より先に気球で飛べたのか?

人類は古くから鳥のように空を飛ぶことを夢見ていました。

しかし羽ばたいて飛ぶ仕組みを作るのは非常に難しく、当時の技術では実現できませんでした。

 

 

そこで先に成功したのが「浮く」という発想です。

熱気球は、温められた空気が周囲の空気より軽くなる性質を利用しています。

熱い空気を大きな袋に閉じ込めると、その袋全体が上へ持ち上がるのです。

 

 

現在では当たり前のように思えますが、この発見は当時としては画期的でした。

飛行機の場合は翼で揚力を発生させなければなりません。また軽量な機体や強力なエンジン、操縦技術も必要です。

一方の気球は、十分に大きな袋と熱源があれば空へ浮かび上がることができます。

 

 

つまり人類は「飛ぶ」よりも先に「浮く」ことを実現したのです。

この違いこそが、気球が飛行機より120年以上早く誕生した最大の理由とされています。

 

 

発想自体は昔からあった

三国志で有名な 諸葛亮 が使ったとされる「孔明灯(こうめいとう)」。

これは小型熱気球の一種です。

原理は単純で、

  • 火で空気を温める
  • 温まった空気は軽くなる
  • 上へ浮く

というもの。

つまり現代熱気球と本質は同じです。

ただしこれは「人が乗る」ものではなく、通信や合図用途だったとされます。

これを拡大して熱気球が生み出されたというわけです。

 

 

世界初の有人飛行を成功させたモンゴルフィエ兄弟

熱気球を開発したのはフランスのモンゴルフィエ兄弟でした。

製紙業を営んでいた兄弟は、暖炉から立ち上る熱い空気を見て研究を始めたとされています。

 

 

1783年、彼らは熱気球の実験に成功します。

最初は人を乗せるのではなく、羊やアヒル、ニワトリを乗せた飛行実験が行われました。

安全性を確認した後、ついに人を乗せた飛行に挑戦します。

結果は大成功でした。

 

なんでいきなり人を乗せなかったかと言うと、空に何があるか分からないからです。

当時、空のことを今よりも知らない、だから空気があるのかどうか?

人間が乗っても大丈夫なのかを調べる事にした。

 

ちなみに羊やアヒル、ニワトリを選んだのかというと

 

  • 羊は哺乳類→人間に近いから
  • アヒルは鳥類→空を飛ぶ鳥だから
  • ニワトリも鳥類→空を飛ばない鳥だから

 

この3種で違いが出るかを実験したというわけです。

 

 

人類は史上初めて空を飛ぶことに成功し、その知らせはヨーロッパ中に広がりました。

今では飛行機で世界中を移動できますが、当時の人々にとって人が空へ浮かび上がる光景は奇跡そのものだったことでしょう。

航空史は、この瞬間から始まったといっても過言ではありません。

 

 

熱気球とガス気球は何が違う?

気球には大きく分けて熱気球とガス気球があります。

熱気球は熱した空気を利用して浮上します。現在イベントや観光で見られる気球のほとんどがこのタイプです。

 

 

一方、ガス気球は水素やヘリウムなど空気より軽い気体を利用します。

19世紀になるとガス気球が急速に発展しました。

 

 

1852年にフランスでアンリ・ジファールがプロペラ付きの飛行船を初飛行させました。

ジブリ映画で登場する飛行船もありましたね。

 

 

熱気球は燃料を使い続ける必要がありますが、ガス気球は長時間飛行できるという利点がありました。

そのため軍事偵察や科学観測など幅広い用途で活用されたのです。

 

 

実際に戦争では、高い場所から敵の動きを監視するために気球が使われたこともありました。

ただのレジャー用と思われがちな気球ですが、かつては最先端の軍事技術でもあったのです。

 

 

なぜ気球は飛行機に主役の座を譲ったのか?

気球は航空史の始まりを作った存在でしたが、やがて飛行機が主役になります。

最大の理由は操縦性です。

 

 

気球は基本的に風に流されながら移動します。

高度の調整はできますが、自由自在に目的地へ向かうのは難しい乗り物でした。

対して飛行機はエンジンの力で前進し、進行方向も自由に変えられます。

 

 

さらに速度も圧倒的でした。

 

 

気球が時速数十キロ程度なのに対し、飛行機は何百キロもの速度で移動できます。

人や荷物を運ぶ実用的な交通手段としては、飛行機の方が圧倒的に優れていたのです。

その結果、20世紀に入ると空の主役は飛行機へと移り変わっていきました。

 

飛行船は天気に左右されやすく飛行機よりも遅いから実用的な移動手段では無くなったというわけ

 

 

日本の航空史も気球から始まっていた

実は日本の航空史にも気球は深く関わっています。

明治時代の1877年には、日本で気球実験が行われた記録があります。

 

 

その中でも島津源蔵は日本の気球史において重要な人物として知られています。

また1969年には「イカロス5号」が登場し、日本における現代熱気球文化の発展につながりました。

 

 

現在では熱気球大会やバルーンフェスティバルが各地で開催され、多くの人が空の旅を楽しんでいます。

日本でも気球は単なる娯楽ではなく、航空技術の発展を支えてきた歴史ある存在なのです。

 

 

 

飛行機の時代になっても気球が消えなかった理由

もし飛行機の方が優れているなら、気球は完全になくなっても不思議ではありません。

それでも気球が現代まで残っているのは、飛行機にはない魅力と役割があるからです。

 

 

現在の気球は観光やスポーツ競技として親しまれています。

さらに気象観測や科学研究の分野でも活躍しています。

 

 

高高度まで上昇できる観測気球は、大気や宇宙環境の調査に欠かせない存在です。

また、熱気球特有の静かな浮遊感は飛行機では味わえません。

 

 

風とともにゆっくり空を旅する体験は、多くの人を今でも魅了し続けています。

航空技術の原点でありながら、現代でも独自の価値を持ち続けている。

それが気球という乗り物なのです。

 

 

人類が初めて空へ挑んだ方法は、翼を羽ばたかせることではなく、空気の力で静かに浮かび上がることでした。

次に熱気球を見かけたときは、そこに航空史の始まりが詰まっていることを思い出してみてください。

 

ではでは(^ω^)ノシ

 

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