歴史の雑学

なぜ日曜日が休みなのか──キリスト教起源のおさらいと、日本で「日曜休み」が定着した理由

「なんで日曜日が休みなんだっけ?」── 仕事や学校が休みだから当たり前に思いがちですが、

その背景には宗教的な理由と、政治・制度の変化、そして社会の働き方の変遷が重なっています。

まずはキリスト教由来の話をザッと振り返ってから、日本でどうやって日曜休みが制度化され、週末の形が変わってきたかを詳しく見ていきます。

 

 


1 まずは簡単に:キリスト教起源のおさらい

  • 旧約聖書の安息日観:ユダヤ教の伝統では「6日働き、7日目に休む(安息日)」という考えがありました。
  • キリスト教の転回:キリスト教ではイエス・キリストの復活が「週の第一日(=日曜日)」に起きたとされ、礼拝・集会の中心日が日曜日になりました。
  • 政治的・法的措置:例えばローマのコンスタンティヌス帝は4世紀初頭に日曜日を重視する布告を出したとされ、キリスト教文化圏で日曜日の重要性が強まります。
    → まとめ:キリスト教圏では「礼拝+休息」の日として日曜日が習慣化したため、社会の休日として採り入れられやすかった、という流れです。

 

ヨーロッパなどキリスト教が中心の国家は日曜日が休日でした。

そして大航海時代からヨーロッパ諸国が植民地支配を広げた結果、日曜日が休日というのがグローバルスタンダードになったというわけです。

そこで疑問になるのが日本はキリスト教が普及していないし植民地支配を受けていないのに日曜日が休みです

 

これはなぜなのか?

 

 

2 日本で「日曜日休み」がどうやって定着したか

日本は元々、暦も習慣も欧米と違う形でした。ここでは段階を追って説明します。

日本は元々太陰暦を使っていました。

江戸時代・明治初期の庶民の休日は、村の祭礼・盆・正月・節句などが中心で今のように土日休みというのはありませんでした。

 

結論を先に言えば欧米と取引をする西洋列強と肩を並べるために貿易をするためにも暦を統一し休みを合わせた方が楽だったのです。

 

 

 

2-1 明治の暦改暦と曜日制度の導入(基盤づくり)

  • 1873年(明治6年)に太陽暦の導入で、曜日(週)の概念が日本社会に本格的に入りました。従来は月ごとの行事や節句、地域の祭礼で休日が決まることが多かったため、「毎週決まった曜日に休む」という考えは徐々に普及していきます。
  • 明治期以前には「一・六の日(=日に“1”か“6”が付く日)」を休みにする、といった昔の慣習もあり、週制度が定着していない地域も多かったのです。

 

 

2-2 官公庁での日曜休み制度化(明治9年:1876年)

1876年(明治9年)3月12日付の太政官布告(太政官達)により、官公庁の休日について「日曜日を休日とし、土曜は正午から休暇」といった取り決めがなされました。

この布告により、官庁では「日曜まる一日休み」「土曜は半日休み」という体裁が制度化されます。

 

ただしこの変更は「役人(公務員)向けの制度整理」であり、一般の民間事業者や農村の慣習が即座に変わったわけではありません。

面白い点:布告以前に役人が取っていた「一・六の日」などの慣習と比べ、休日数を整理する目的もありました(結果的に年休が増減した、という議論もあります)。

 

 

 

 

2-3 民間と学校での浸透はもっと後から

官庁が先に制度化したのに対し、民間企業や個人商店、農家などでは土日定休が一般化するのはさらに時間がかかりました

「土日両休み(週休2日制)」が社会的に広く定着するのは20世紀後半〜昭和後期〜平成期にかけての変化です。

 

企業の労働慣行、産業構造(製造業のシフト/交替制など)、戦後の労働運動と法制度の発展、余暇需要の高まり(レジャー産業の興隆)などが影響しました。

教育現場の例:学校の土曜休みの変遷も段階的で、1990年代〜2000年代にかけて完全週休5日制へ移行しています(児童・生徒の土曜授業削減の流れ)。

 

 


3 「なぜ日本は日曜休みを採ったのか」――理由を整理

  1. 宗教的影響(間接的)
    • キリスト教文化圏の慣習が直接的に日本の全国習慣を作ったわけではありませんが、欧米との交流・貿易や制度模倣の文脈で「曜日で休日を決める」考え方が流入しました。
  2. 制度整理の必要性(役所の合理化)
    • 明治政府は「官庁の業務を近代化・効率化」するために休暇や勤務時間を明文化しました。その結果、官公庁で日曜休みという形が定められます。
  3. 経済・社会のグローバル化
    • 欧米と取引をするために、同じく週のどこかを定休日にする必要があった(商習慣を揃える必要)。
  4. 労働政策と生活の変化
    • 産業化・都市化が進むにつれ、労働時間や余暇の管理が重要になり、週休制度(やその拡大)が法制度や企業慣行として取り入れられていきました。

4 短いまとめ(ポイント整理)

  • 日曜休みの**起源は宗教的(安息日/礼拝)**にあり、キリスト教圏で日曜日が休業日になった流れがある。
  • 日本では1873年の太陽暦導入以降に曜日の概念が広がり、1876年(明治9年)の太政官布告で官公庁における日曜休みが制度化された。
  • しかし土日完全休業(週休2日)が一般化するのはもっと後で、企業や学校の制度改革・社会変化を経て定着していった。
  • まとめると「宗教的背景+国家の制度化+社会・経済の変化」が合わさって、現在の『日曜休み』『土日休み』という形になった、ということです。

 

こうやって歴史を紐解くと当時の様子が垣間見えるようで面白いですね。

ではでは(^ω^)ノシ

 

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