
北海道の土産物としておなじみの「木彫りの熊」。四つん這いで鮭をくわえた姿は、昭和世代には懐かしく、若い人にはレトロで可愛い存在です。
でも意外と知られていないのは、その歴史が“古くない”ということ。今回は、木彫りの熊がなぜ北海道の名物になったのか、どんな背景で生まれ、どう今に伝わっているのかをやさしく解説します。
1章:木彫りの熊はどこから来たの?(起源)
木彫りの熊の起源は、北海道の八雲(やくも)周辺にあると言われています。話は大正時代に遡ります。
尾張徳川家第19代当主の徳川義親(とくがわ よしちか)がヨーロッパで見た熊の木彫りを日本に持ち帰り、冬の副業として地元の人々に制作を勧めたことが始まりとされています。
1920年代に地域の品評会や展覧で展示されるようになり、徐々に土産物として広がっていきました。
注(徳川義親):徳川義親(1882–1976)は尾張徳川家の当主で、海外旅行や農業振興に関心を持ち、北海道の八雲に設けられた旧徳川農場との関わりを持っていました。
スイス旅行で見た木彫り熊を紹介して地元の冬季副業として奨励したことが、木彫り熊普及のきっかけの一つとされています。
ポイントは「外からの影響」と「冬季の副業」という2つ。北海道は冬が長く農作業が止まる時期があるため、冬の仕事として手工芸が奨励され、木彫りはその受け皿になりました。
北海道の冬はとても寒いから外で仕事をする事が出来ないから内職をしていたというわけですね。
2章:なぜ“北海道らしさ”があるの?(モチーフと象徴)
典型的な木彫りの熊は、ヒグマが鮭をくわえている姿で描かれます。
ヒグマと鮭は北海道らしい自然の象徴であり、見る人にすぐに“北海道”を連想させるデザインです。
また、土産物として家に飾られることも多く、「大きく育つ」「大物になる」など縁起をかつぐ意味合いで贈られることもあります。
こうしたイメージ性が、観光客に強くアピールしました。
3章:アイヌ文化との関係(そして誤解)
よく「木彫りの熊=アイヌの伝統」と紹介されることがありますが、実際には直接の伝承品ではないと考えられています。
アイヌにも優れた工芸はありますが、当初の木彫り熊は外来の影響や近代的な土産物文化の文脈で成立したものです。
この点を混同しないことは、文化の尊重という観点からも大切です。
4章:土産物としての隆盛とその後(普及と衰退・再評価)
昭和期に入ると観光ブームと交通網の発展により、北海道を訪れる旅行者が増加。土産物としての需要が高まり、木彫りの熊は定番商品になりました。
しかし、時代とともに大量生産品や新しい土産物が増え、職人は減少。作り手不足や価値観の変化で一時的に衰退した時期もあります。
近年はレトロブームや民芸の再評価により、再び注目される動きもあり、伝統技法を守る工房や展示・保存活動が行われています。
5章:他の伝統工芸と比べると“どれくらい新しい”?
日本の多くの伝統工芸は、何世代にも渡って受け継がれてきた歴史を持ちます。
中には奈良時代や江戸時代から続くものもあります。
それに対して木彫りの熊は、大正〜昭和初期(約100年ほど前)に成立した比較的新しい民芸品です。
歴史の長さだけが価値を決めるわけではありません。
木彫りの熊は、北海道という地域の歴史や生活、観光の流れのなかで生まれた「近代の民俗工芸」として味わい深い存在です。
6章:今の木彫りの熊にできること(締め)
もし北海道を訪れることがあれば、木彫りの熊を探してみてください。
お土産屋さんで並ぶ小さなサイズから、工房で作られる一点物の大作まで、バリエーションは豊富です。
作り手や素材、作風を比べると、同じ「木彫りの熊」でも地域や時代による個性が見えてきます。
そしてそれを買うときは、誰が作ったのか、どんな背景があるのかを少し思い出してみてください。
単なるお土産以上に、北海道の近代史や暮らしの知恵が詰まった工芸品として楽しめます。
ではでは(^ω^)ノシ
この記事もおすすめ
赤太とは?白太との違い・伝統的な加工方法・経年変化を徹底解説!
北海道の地名に【別】が多いのはなぜ?実はある言語が関係している?
