日記

遊べない公園の禁止事項に日本の闇を見た。

公園の禁止事項が話題になっていましたが
こんなの公園じゃないってレベルの規制をかけていました。

公園っていうのは本来、自由に楽しく遊べるところじゃないとダメなんですが全くの真逆。

 

 

遊戯とスポーツを禁止したら子供は外で遊べない。

 

何が問題かと言うと公園で遊戯が禁止されている事もそうですがどういうプロセスで決まってしまうのか?

 

 


 

何でもかんでも禁止で解決

問題が起きたらとりあえず禁止して解決というのは上手くない。

クレーマーの言われるがままに禁止してしまうと誰も使わなくなる公園が出来上がる。

これは公園に限らず、どのジャンルでもあり得る。

 

 

 

何でもかんでも禁止して行ったら辿り着くのは無人の荒野です。

確かにルールは必要、ただルールには合理性が必要。

広い公園なのか狭い公園なのかで判断が分かれる。

 

 

狭い公園で野球とかサッカーの試合をしたりする奴がいたらそりゃ球技を禁止されてしまうかもしれない。

ゴルフ禁止は硬いゴルフボールを公園で打ったら危険極まりない。

 

 

 

家の窓ガラスとか余裕で割るだろうし、それは仕方ない。

トラブルを恐れて何でもかんでも禁止するのは窮屈になるだけ。

声がデカいだけのクレーマーに負けてはいけない。

 

 


 

 

水清ければ魚棲まず

ルールによってトラブルの種を摘み取った結果、誰も使わないような公園になった。

少数の声だけデカい奴らの言いなりになった結果だと思う。

 

 

 

そういう極端なルールを作るとシワ寄せがどこかで発生する。

例えば遊び場を探して子供たちが大人の見えない場所で遊び始めたり。

運動不足の子供が増えるのも問題。

 

 

 

人が体を動かす時にリスクはつきもの。
体を動かさない事にもリスクはあります。

危険を取り除けば物事が良くなるわけじゃない。

 

 

危険かもしれないで禁止するのが問題

実際のところ明らかに危険な場合を除いて危険かもしれないでルールを作ると何もできなくなる。

トラブルはあらかじめ潰しておきたいけれど、ゼロリスクを追い求めると窮屈。

 

 

 

危険かもしれないでルールを作ると瞑想くらいしか出来ることがない公園が出来上がる。

子供が危険な事をしないように監督するのも親の務めだと思うのですが、それすら許されないとなると子供が危険を察知する能力が低くなるかもしれない。

 

 

 

なんというか危険かもしれない、危険だ!という少数派の意見を取り入れている感じです。

 

 

 

まとめ

今回は香川県がゲームの時間を規制する条例を作ろうとしてるのに対して、公園が使えないのに何言ってるんだ!

みたいな皮肉ツイートを見て記事を書こうと思いました。

日本って少数のクレーマーに対応し過ぎて窮屈になってる気がします。

 

 

こういうのって民主主義の否定でもあると思う。

基本的に話し合って多数決で決まる民主主義なんだけど

 

 

少数派の意見が話し合われずに通ってしまう事が問題だと思う。

守るべきは何か?何を基準にするべきか?

アホな意見に流されず、自分の意見を主張し、議論できる状態がベスト。

 

 

 

除夜の鐘がうるさいとか言うクレーマーだって本当に少数派。

耳を澄ませて鐘の音を聞くのも乙なものです。

公園で遊べなくなったという話はもっとシェアされるべきだ。

 

 

 

少数派の意見ばかりというか多数派は意見を言わないのも問題かな?

とにかく声だけはデカい人の主張が通ってしまいルールが作られるのは危険かも

 

 

ではでは(^ω^)ノシ

 

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