食事の雑学

ラーメンの歴史!実は室町時代から食べられていた?あのラーメンが産まれたのはいつ頃か?

 

今回はみんな大好きラーメンの歴史について書いていこうと思います。

中国から伝わったこの料理、日本で食べられたのはいつ頃だと言われているか知っていますか?

 

 

300年前でしょうか?400年前でしょうか?答えは約500年前

室町時代、1488年まで遡ります。

 

 

 

以前はは水戸黄門が1697年に初めてラーメンを食べたと言われていました。

それでも約300年前です。

 

 

 


 

2017年に新たな文献が発見され室町時代が最初に

 

2017年に新たな文献が発見されて約500年前に中国へ渡った日本人がラーメンの元祖である「経帯麺(けいたいめん)」のレシピをもらってきて

そのレシピを使った経帯麺を来客に振る舞ったという記述がある。

 

これによって歴史が書き換えられた。

 

 

ラーメンの定義

経帯麺がラーメンの元祖と書きましたがラーメンの定義を整理しておこう。

 

ラーメンとは中華麺を使った麺料理の事

 

 

中華麺がそうめんやうどん、パスタなど大きく違うのは

中華麺は「かん水」を使っている麺の事を言います。

 

 

かん水とはアルカリ塩水溶液のことでこれを小麦粉に混ぜる事でコシが出る。

 

稀にかん水を使わない事もあるんだけど日本の規約上では、かん水が入っていない麺はうどんに分類されるんだけど。

分類が面倒なのでこの記事では「かん水を使った麺が中華麺」という事にします。

 

 

 

経帯麺は庶民の料理

当時の民国では一般庶民が食べる料理だった経帯麺

家庭料理として食べられていたと文献に書かれています。

 

 

日常食というよりは宴の時に食べていたちょっぴり特別な料理という感じだと文献から推察されています。

現代のようにお手軽なお昼ごはんという感じではなかったみたいですね。

 

 

 

室町時代の経帯麺は広まらず

初めてのラーメンは経帯麺だけど一般庶民に広まったり

大名が食べていたという事はありません。

 

 

日本では全く流行らなかった。

 

小麦粉が流通していなかったわけじゃないし(小麦粉は稲作と同じくらいの時期からあった)

麺料理に抵抗があったわけじゃないうどんや蕎麦が庶民に流行っていたから

不味かったという事もない、何故なら現代のラーメンと基本は同じというレシピだったからだ。

 

 

 

経帯麺を再現した人いわく、麺はたおやかでソフト、スープが麺に染み込む感じで美味しいとか

個人的な考察ですが室町時代に流行っていたとしても戦国時代に断絶してしまった可能性もある。

一部地域で流行ったのならご当地麺として残った可能性もあるんだけど

 

 

商売にしなかったのかもしれません。

個人で楽しむだけで他人に広めなかった。

そう考えれば一時的に滅んでしまう可能性は高い。

 

 

 

日本で本格的にラーメンが広まったのは明治時代から

1854年に長く続いた鎖国が終わり、その後数年で日本に住む外国人が増えてくる。

西洋人はもちろんだけど、清の漢民族(中国人)も増えていく

 

1870年に日本初の中華料理店が居留地にオープンしました。

 

ラーメンというより中国の麺料理を扱っていたお店。

 

 

 

1884年には函館の「養和軒」がオープン

 

ここに南京そばというメニューがあった。

画像には西洋料理とか書かれているし漂う洋食感。

当時の記録がないから推察するしかないが

 

 

この南京そばを塩ラーメンの元祖だと主張する説もある。

レシピが残っていないからラーメンだったのかも不明。

 

 

現代でも復刻版の南京そばを出しているお見があって、鶏ガラ醤油に鳥チャーシュー、青菜に銀杏と錦糸卵がトッピングされている。

 

 

これが当時から食べられていたかは定かじゃないけど、変わったラーメンというか独特な感じですね。

 

1899年に外国人居留地が廃止されて更に中華料理店が全国に広まっていく。

 

1919年に初のラーメン店「来々軒」が登場。

そして1919年に初のラーメン屋である「来々軒」が東京の浅草にオープンした。

来々軒の支那そばが醤油ラーメンの元祖と言われています。

 

 

すでにチャーシュー、刻みネギ、メンマがトッピングされている。

来々軒はあちこち暖簾分けされていて今でも食べる事ができます。

 

 

昔の味を意識して作られているとの事。

 

 

1923年 札幌「竹家食堂」がオープン

1923年に札幌で竹家食堂がオープンした。

札幌といえば味噌バタコーンラーメンなんかのイメージが強いが当時

竹家食堂ではあっさりとした醤油ラーメンが提供されていた。

 

 

味噌ラーメンが誕生するのは戦後になる。

 

 

諸説あるけど、ラーメンという言葉を使ったのは竹家食堂という説がある。

ラーメンという言葉自体は中国料理にはなかったし、そういう言葉もなかった。

中国語で【はい】を意味する【ラー】に麺をつけてラーメンとした説が有力。

 

 

 

ラーメンと呼ばれる前は支那そばとか中華そばという名称が使われていた。

諸説あるけど、名前が変えられた経緯として支那という言葉が差別的だとか言われますがそんな事はないと思うのですが

現在でも支那そばって言葉は残っているし他にも柳麺、老麺、南京そばなんて呼ばれていましたから

 

支那そばとか中華そばと言われていた食べ物がラーメンと言われるようになったのが竹家食堂という説ですね。

 

 

ラーメンという言葉が定着したのは日清食品のチキンラーメンが流行ったおかげだと言われています。

 

 

 

関東大震災のあと、ラーメン屋台が増える

関東大震災で瓦礫だらけになった跡地にラーメン屋台が増えた。

鎖国の終わりや居留地の終わりもそうだけど、社会的要因によって広まったという背景がある。

 

 

 

1939年 第二次世界大戦で多くの店が閉店

第二次世界大戦中はラーメン屋なんてやっていられなくて

閉店するお店が続出した。

戦後に復活したお店もあったけど、少数派だろう。

 

 

1945年 闇市でラーメンが人気になる

戦後の焼け野原に開かれた闇市でラーメンが人気メニューになる。

寿司とか銀シャリも当時はごちそうだったんだろうけど、闇市ではラーメンも販売されていたようです。

 

 

 

 

 


 

戦後のラーメン史

戦後から我々が知っているラーメンが登場してくる。

 

 

1947年 九州で豚骨ラーメンが誕生

1947年九州のラーメン屋「三九」で豚骨ラーメンが誕生する。

店主が豚骨スープ(青湯スープ)を仕込んでいた時にうっかり火をつけたまま外出

帰ってきた時には白濁した豚骨スープになっていた。

 

 

試しに食べてみたところ美味しかったというのが豚骨ラーメンが誕生したきっかけ

豚骨ラーメンの細麺は労働者に素早くラーメンを提供できるから人気になり。

細麺だから大盛りにすると麺がのびてしまうため、替え玉にしたというのも人気の秘訣だろう

 

 

 

1954年 味噌ラーメン誕生

1954年に札幌「味の三平」にて味噌ラーメンが誕生。

味噌ラーメンブームの火付け役になる。

 

 

 

1958年 チキンラーメンが誕生

1958年に日清食品でチキンラーメンが販売開始されます。

大ヒットしたチキンラーメンですがその裏でいろいろな苦労もあったようで

 

日清食品の創業者で開発者の安藤さんは朝の5時から深夜1~2時までチキンラーメンの研究をした。

作っては捨ててを繰り返した。

 

 

気の遠くなる作業を休むことなく一年続けてチキンラーメンは完成した。

商品が完成しいざ、食品問屋に持ち込んだら

 

 

「袋に入っただけで今までの乾麺とはどう違うんや? しかも35円?乾麺は25円や 商売にならん」

 

と言われ反応は冷たかったが売り出してみると人気は爆発した。

 

 

問屋の人たちは工場に押しかけて、中には前金で20万円を置いていった人がいるなんて話もある。

 

 

1961年 東京「大勝軒」でつけ麺が誕生

1961年に大勝軒でつけ麺が提供された。

大勝軒の店主 山岸一雄氏がつけ麺を開発したラーメンの亜種。

 

つけ麺の発祥は諸説あるけど、大勝軒が有力と言われています。

山岸一雄氏は「ラーメンの神様」と呼ばれるような人で

 

 

とある青森のラーメン屋さんが全く客が入らず途方に暮れていた。

困り果てた店主は山岸さんに電話してみた。

 

山岸さんはその店主に電話口でラーメンの作り方を伝授したって逸話もある。

山岸さんは積極的に弟子をとって惜しむことなく作り方を教えた。

 

それが大勝軒系のお店が多い理由でもある。

 

 

1968年 ラーメン二郎オープン

今でこそ人気のあるラーメン二郎だが初期は鳴かず飛ばず

 

 

 

今では店舗も増えてインスパイア系のお店も多いラーメン二郎。

開店当初は昼から深夜まで営業して売上が20杯以下という事もあったらしい

 

 

近所の中華料理屋さんの店主がうちで修行しない?と声をかけるほどだった。

実際に店主の山田さんは3ヶ月中華料理屋で修行をしてお客さんの助言も参考にした。

 

 

現在77歳の山田さん、生前葬が行われたがその生前戒名が

 

 

【弐郎院野菜辛目大蒜増脂増居士(じろういんやさいからめにんにくましあぶらましこじ)】

 

 

というものでSNSでも話題を呼んでいました。

 

 

1971年 日清食品カップヌードルが販売

チキンラーメンをヒットさせた日清食品だったがこのころインスタントラーメンの食中毒などがあり

売上が伸び悩んでいた。

 

 

それなら海外に売り込もうとアメリカに渡った日清食品の安藤さん

 

アメリカには手近な場所に丼やお箸がない事に気がつく。

商談の中でアメリカのバイヤーがチキンラーメンを割って紙コップに入れお湯を注いで食べた事からカップラーメンの着想を得る。

 

 

そうして完成したカップラーメンを食品問屋に持ち込むも

 

 

「100円は高すぎる インスタントラーメンは25円だぞ 話にならん」

 

と反応は冷たかった。

 

 

仕方なく別の販路を模索し自衛隊が演習中の食糧として購入してくれたのである。

その後は夜勤のある警察や病院などで便利さが評価され受け入れられた。

 

 

伊勢丹などの百貨店で販売し百貨店という環境のせいか金銭感覚が麻痺してしまった人には割と売れた。

 

その後 歩行者天国で販売してみたら売り切れになるほど人気になった。

しかし食品問屋は扱ってくれない。

 

 

販売から半年がたった1972年2月 「あさま山荘事件」が起きる

連合赤軍が人質をとって立てこもった事件で10日間に述べ3万人を超える警察官が動員された大事件

複数人の死傷者が出た歴史的な大事件。

 

 

現場は-15℃という極寒の中で支給されたお弁当は凍ってしまった。

そんな中で警視庁の機動隊はお湯を沸かしてカップヌードルを食べた。

 

 

これを見た県警やマスコミが、自分たちも食べたいとカップヌードルを注文する。

この事件の視聴率は約90%とも呼ばれ機動隊がテレビでカップヌードルを食べる姿もテレビで放映された。

 

 

視聴者の間で、あれはなんだ?と話題になりこれをきっかけに爆発的大ヒットになる。

 

 

1974年 吉村家がオープン

家系ラーメン元祖の吉村家が1974年にオープン

豚骨醤油スープに太いストレート麺が特徴のいわゆる【家系ラーメン】

 

 

1989年とんこつラーメンブームが起こる

首都圏を中心にとんこつラーメンブームが起こる。

その一旦をになった

 

 

「なんでんかんでん」の川原社長は

 

「店の宣伝チラシに無料券をつけてあらゆる雑誌社にFAXを送った

ほとんどがその無料券で食べに来てくれたので更に30枚ぐらいの無料券を渡してもし良ければ雑誌に載せてくださいと言ったら

8割の雑誌社が載せてくれた、今度は雑誌を見たテレビ局から問い合わせがあった、そうして売り上げが一気に伸びた」

 

 

と語っている

 

 

実際にブームの中心にいたお店は入店するために車が渋滞まで起きた

 

 

1980~2000年代 いろいろなラーメンが誕生

とんこつラーメンブームが起きている中でタンメンや喜多方ラーメン、佐野ラーメン、油そばなどが誕生している

80年代にはご当地ラーメンが増えてきていた。

 

90年代になると更にご当地ラーメンが増えて個性的なラーメン屋も増えた。

2000年代には魚粉を使った濃厚魚介つけ麺や鳥白湯や煮干し系も増えてくる

 

 

大勝軒や二郎系のラーメン屋が増えたのもこの時期

 

2010年代に入ると台湾まぜそばもブレイク。

淡麗系という言葉出てきたのもこの時期

 

 

海外でもラーメンが広まる

アメリカ、ニューヨークでは「NYストリート ラーメン・コンテスト」が開催され

この時、ニューヨークには60店舗くらいのラーメン屋があった。

 

 

2015年には 「Japanese Soba Noodles 蔦」がミシュランガイドで1つ星を獲得した。

 

 

まとめ

室町時代から存在したラーメンだけど、本格的に広まったのは明治時代からで

戦後に入ってからいろいろなバリエーションが産まれたというのは面白い。

以外だったのはラーメン二郎って結構、古いお店だったんですね。

 

 

味噌ラーメンやとんこつラーメンはもっと昔から食べられていると思っていました。

ラーメンの歴史はかなり深かったな。

 

 

これから海外に広まっていくのだろう。

ではでは(^ω^)ノシ

 

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